渡辺さん、お待たせしました-。中日のプロ3年目、20歳の若松駿太投手が恩人にささげるプロ1勝を挙げた。130球を投げて6回3安打無失点と力投。昨年2月に急性白血病のために亡くなった渡辺麿史(たかふみ)スカウト(享年57)に白星を届けた。チームは連敗ストップ。けが人続出で漂っていた重いムードを新星が振り払った。

 初のお立ち台に立った若松はこみ上げるものを抑えるのに必死だった。

 「この世にはもういないんですけど、スカウトの渡辺さんにウイニングボールを渡したいと思ってずっとやってきた。ありがとうと伝えたい」

 ずっと伝えたかった感謝の気持ち。プロ3年目でようやく念願がかなった。

 不思議な力が若き右腕の背中を押した。2回に先頭から連続四球などで1死満塁。5回にも3四死球で満塁とした。それでも「動揺したらダメ。冷静にいこうと思った」。スーッと落ちるチェンジアップも効果的に決まり、本塁だけは踏まさなかった。プロ通算11戦目。今季3度目の先発は130球の熱投。何度もピンチを迎えながらゼロが6つ並んだ。

 グラブの内側には「麿史」の文字が刺しゅうされている。帽子のツバにも「麿史」。家族でもなく恋人でもない。担当スカウトの名前を道具に刻む、律義な野球選手だ。全国的に無名だった高校生をプロの道に導いてくれた恩義。一生、忘れることはない。

 バッグのなかには小さな宝物がある。渡辺さんが愛用していた爪切りだ。昨年末に福岡・久留米市にある渡辺さんの自宅を訪れて、家族に頼み込んだ。「何か身につけていたものをもらえませんか?」。形見分けとして渡された小さな爪切りを見つめて、渡辺さんの言葉を思い出した。

 「しっかり手入れしているか? ピッチャーだったら指先をきれいにしないとダメだぞ」

 チームの勝利に最後まで貢献する。だからこそプロとしての努力を忘れるな-。エース吉見が右肘の不調で登録抹消され、中継ぎの浅尾も右肩張りで2軍落ち。厳しい台所事情は理解していた。5回にはすでに100球を超えていたが「迷惑をかけられない」と志願して6回も続投。試合後は指の手入れを怠らない。ようやく手にすることが出来た勝利球。若松は「渡辺さんの所に贈ります」とうれしそうに笑った。【桝井聡】