プレーバック日刊スポーツ! 過去の3月24日付紙面を振り返ります。2000年の1面(東京版)は、巨人松井秀喜外野手(25)が2年ぶりの開幕4番をほぼ手中にしたことを伝えています。

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 巨人松井秀喜外野手(25)が2年ぶりの開幕4番をほぼ手中にした。開幕を1週間後に控え、本番さながらで臨んだ23日の横浜戦(横浜)に、4番中堅で先発出場。1点差の9回表2死一塁で横浜の新守護神べタンコートから左中間へ逆転4号2ランを放った。4番にふさわしい働きを見せ、長嶋茂雄監督(64)も絶賛した。先発した上原浩治投手(24)は6回4安打1失点と危なげなく、開幕投手に向けて万全の調整ぶりを披露した。

 

 これぞ4番の働き、務めだ。楽勝の展開がリリーフ陣の乱調で逆転され、9回表も簡単に2死。3番江藤の左前打で回ってきた松井が、よみがえる昨年の悪夢を振り払った。カウント0―1後の2球目、横浜の新守護神べタンコートが投じた外角への147キロを、逆らわず、しかししっかりとたたく。左中間スタンドへ飛び込む4号2ランで試合をひっくり返した。

 「シーズン中だったら万歳しているところだよ。手ごたえはあった。あの打席はシーズンと同じような感じで立てた」。4番として最大の見せ場で「最高の結果が出た」と自画自賛もする。オープン戦の間「4番松井」をじっと観察していた長嶋監督に、最高のアピールができたという自負があった。

 31日の開幕を1週間後に控え、チームは臨戦態勢に入った。シーズンを想定したオーダーで3番に江藤、5番に高橋由を従えて堂々4番に座った。「別に4番を打つために野球をやっているわけじゃない」と試合前には平静を装っていたが、この試合の意味は十分に分かっていた。

 好機での勝負強さ、積極性と柔軟性が4番定着の課題だった。勝負が遅く、また過度に力むことで、ここ一番には弱い印象を持たれていた。昨年の得点圏打率は2割6分2厘で、逆転アーチも42本中わずか2本だった。が、今年は違う。3回表の1死二塁では、横浜小宮山の初球の変化球(外角から中に入るスライダー)を、松井シフトで大きく開いた三遊間に転がしてタイムリー。力んで引っ掛けるイメージをぬぐい去り、オープン戦での得点圏打率を4割1分7厘まで上げた。

 この日の3安打すべてを早いカウントから球に逆らわずに打った。長嶋監督は「今年の松井は勝負が早い。大体2、3球で打ちにいく」と評価。松井4番定着の最大の障害だった「松井に代わる3番打者」も、江藤がこの日2安打し上昇気配を見せたことで解決に向かう。「今日は勝ちにいった試合だったし、逆転負けしていたら、開幕に影響するところだった。江藤、松井が救ってくれました。これが開幕オーダー? もうちょいです」。長嶋監督の懸念も消えつつある。

 2月のキャンプ中、松井はこう漏らした。「そりゃ、4番を打ちたいよ。でもたぶん清原さんでしょ。オレは(監督に)信用されていないから」。清原の離脱もあったが、実力でほぼ手中に入れた4番だ。もう、斜に構える必要はない。「まだ(開幕4番は)言われていないし、開幕戦まで正直分からないよ」。1996年(平8)、98年の過去2度の開幕4番は在籍1カ月と「短命」に終わった。勝負強さを身につけた松井が、念願のポジションをつかみにいく。

※記録と年齢など、表記は当時のもの