19日の楽天戦、 延長12回裏1死一塁。西武秋山翔吾外野手(28)は、浅村の打球が右中間を破るのを確認すると、一気に加速して三塁を回った。

 「コンパクトにうまく打ってくれましたよね」。サヨナラのホームに滑り込むと、待ち受けた次打者中村に会心のガッツポーズ。そして身を翻し、殊勲の新主将を囲む喜びの輪へと走った。

 辻監督は「延長はやはり先頭打者が出るかどうか。秋山は本当によく打ってくれた」と陰のヒーローとしてたたえた。

 秋山はこの回の先頭打者として打席に立つと、登板10試合で被安打3、無四球、いまだ無失点の楽天ルーキー森原から、遊撃の頭を越えるこの日3本目の安打を放った。

 「去年までは、延長に入ったら誰かが1発で決めるのにお任せ、というような空気もあった。今日は終始、走者が塁をにぎわせて、打者もつないで、相手にプレッシャーをかけ続けられた。ミスをカバーしあえたのも大きいと思う」

 秋山が一塁に出た直後、次打者源田は犠打をミス。2ストライクと追い込まれると、バスターで空振りし三振に倒れた。

 二塁に秋山を送れず、暗雲が垂れ込めたが、それを浅村がカバーした。

 単なるサヨナラ勝ちではない。辻監督のもと、チームプレーができていることを示す1勝であると、秋山は強調した。

 そして、秋山にとっても意味のある試合になった。3試合、16打席無安打のトンネルから抜け、3安打いずれも得点につながった。悩めるリードオフマンが、久々に本領を発揮した。

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 17日、西武第2球場。試合がなかったこの日は、菊池、多和田ら先発投手のみ練習が予定されていた。

 そこに、乗用車で秋山が現れた。「オフ返上って? いやいや、先週は降雨中止もあって、4試合しかしてませんからね」。事もなげに言うと、室内練習場に直行し、ピッチングマシンのスイッチを入れた。

 そこからしばらく、高い天井に打撃音が反響し続けた。好天のこの日、外気温は23度を超えていた。空気がこもる室内は、蒸し暑く感じるほどだった。

 しかし、それを気にする様子もなく、黙々と打撃を続ける。1時間以上がたち、秋山はピッチングマシンのスイッチを切った。しばらく鏡の前でスイングを確認すると、ようやく練習場から出てきた。

 「あー、正直言って、感触良くなかったです」。それでも、秋山の表情は来た時よりも明るかった。

 「これだけ練習した、という裏付けを自分の中につくりたいんですよね」

 3月。侍ジャパンの一員として出場したWBC強化試合阪神戦で、死球を受け右足の指を骨折した。

 「そこから練習量をこなせなくなった。たとえWBCに出ていなくても、3月の頭に骨折をして練習量が落ちていたら、今と同じように調子は落ちていたと思う。いずれにしても、過ぎたことを言っていてもしかたない。今日のように、できる時に少しずつでも、埋め合わせていかないと」

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 練習量を、自信の裏付けにしてきた。

 侍ジャパン合流直前「国民の期待が重圧にもなる世界の舞台で、勝負強さを発揮するにはどうすればいいか」と問うた。

 すると食い気味で「普段からどれだけ、質の高い練習をしているかです」と即答した。

 「それに尽きる。2年前、シーズン最多安打がかかった場面でもしっかりバットを振れたのは『自分は誰にも負けないほど練習をしている』という自負があったからだと思います」

 それはプロになる以前から変わらなかった。八戸大の1年後輩に当たる田代は言う。

 「秋山さんは、今はまだ丸くなったと思う。大学のころは、野球に対して一切の妥協がなかった。いつも野球の話しかしてなかったし、あいた時間はすべて練習に費やしていた」。

 骨折を押してWBCに出場すると、通算打率3割を記録。侍ジャパンを盛り立てる活躍をみせた。

 しかし、国際舞台での活躍で得た自信よりも、練習量低下による不安の方が大きかった。それほどに、秋山にとって練習量を確保するのは大事なことだ。

 連続無安打が3試合になった18日楽天戦終了時点で、秋山の打率は2割2分まで下がっていた。

 そして開幕からの60打席で、三振12、四球9を数えていた。

 秋山は「それだけ、バットを出せなくなっているというのはあると思います」と話していた。

 シーズン歴代最多の216安打をマークした15年は、675打席で三振78、四球60。比率は20・4%だった。

 それに比べ今年はここまで、フェアグラウンドに打球を飛ばしての決着ではない打席の比率が、35%まで上がっている。

 四球自体は、チームに貢献するものだが「逆に言えば、打って貢献できるという自信がないから、勝負が遅くなっているのかなと」と自己分析する。

 「今年は2番がルーキーの源田なので、相手投手を知らない彼に、少しでも多くの球数をみせてあげたいというのもあります。でもそれ以上に、今はヒットでチームに貢献できる自信が固まっていない。打てなくても貢献するにはどうするか。調子がいい時よりもはるかに、今は打席の中で考えないといけない」

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 だからこそ、秋山はオフ返上で打撃練習をした。しかし、オフは家族にとっても大事な時間だ。

 オフ前日。ロッテ戦を終えたZOZOマリンスタジアムで、秋山はスマホを手にして一瞬だけ迷った。

 それでも、夫人のスマホを鳴らした。「試合勝ったよ。で、明日なんだけどさ…」

 夫人は秋山に、みなまで言わせなかった。「第2球場に行くんでしょ」。

 一番言いにくいことを、先に言ってくれた。ありがたかった。家族が譲ってくれた貴重な時間を、しっかりと浮上のきっかけにしなければならない。そう、強く思っている。

 3安打でサヨナラ勝ちを演出した楽天戦後、秋山は「2本目、3本目は内容もよかった。これがきっかけになってくれればいいんですけど」と話した。

 万全の自信を持って、打席に立てるその日まで。秋山が悩み、苦しみながら、必死にバットを振り続ける。【塩畑大輔】