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山本昌200勝に恩師星野監督感慨

88年8月、星野監督(右)からリリーフとして送り出され初勝利
88年8月、星野監督(右)からリリーフとして送り出され初勝利

<中日5-1巨人>◇4日◇ナゴヤドーム

 山本昌の200勝達成に、元中日監督で北京五輪野球の星野仙一代表監督(61)は「マサは体が丈夫だったからな。現役が神様だ! チームに迷惑はかけちゃいかんが、いけるところまで投げたらいい」と教え子の偉業達成を祝福した。「そういえば整理リスト(解雇)に入ってたこともあったっけ。でも『体がでかいから(チームに)残せ』と言った覚えがある。そのマサが200勝だもん。みんな成長してオレの給料をスイスイ抜いてきやがって(笑い)」。

 山本昌がプロ入りした当初、浜松球場の室内ブルペンで投球をチェックした同監督は「防音の影響もあってか、まったくミットの音が響かない。なんだこのピッチャーは? と思った。本人も『これが全力です』って言うんだもん。そんなピッチャーだったんだ」と振り返った。

 監督2年目の88年、米フロリダ州ベロビーチにキャンプ地があるドジャースに派遣した。「アメリカからの帰り際に『お前をしばらくここに置いてくから』って言ったら、マサがボロボロ泣いてね。心細かったんだろうな。でもあの時があるから今がある」。監督と深く親交のあったド軍オーナー補佐・アイク生原氏(故人)から指導を受けたが、監督の元には山本昌の動向が詳細にリポートされたファクスが毎日届いた。「日本に帰ってきたときは見違えるようなボールを投げるようになっていたので驚いた。そこから日本で5勝したんだ。アイクの指導のおかげだよ」。

 山本昌にとって“カミナリおやじ”のような存在の星野監督は「人ってのは出会いによって人生が変わるもんだ。マサ、おめでとう!」と熱いメッセージで締めくくった。【寺尾博和】

 [2008年8月5日8時47分 紙面から]


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