<DeNA6-8ヤクルト>◇3日◇横浜

 タナボタでも、勝ちは勝ちだ。ヤクルト阿部健太投手(28)が10年ぶりの勝利をゲット。DeNA戦で0-3の4回を無得点に抑えると、直後に味方が逆転した。近鉄、オリックス、阪神と渡り歩いた。苦労人「アベケン」が長いブランクの末に、通算3勝目を手にした。

 明らかにぎこちなかった。阿部は10年ぶりにウイニングボールを手にすると、カメラマンに囲まれ驚いた表情を見せた。3点ビハインドの4回に2番手で登板し、5回に味方が逆転して白星が転がり込んできた。ベンチ裏に戻り、一息つくと落ち着きが戻ってきた。「率直にうれしかった。チームも勝てて良かった」とようやく頬を緩めた。

 10年前は「将来有望」の若手だった。高卒1年目で2勝を挙げたが、その後は2段モーションだった投球フォームに悩み、勝てなくなった。分配ドラフトでオリックスへ移籍。07年オフには阪神にトレードされ、11年オフに戦力外。トライアウトでヤクルトに入った時には「崖っぷち」の中堅選手になっていた。

 それでも、苦労は一切出さなかった。仲間の評判は「明るい」「おしゃべり」。苦しい時期も「過去を振り返ってどうこうしても仕方ない」と笑い飛ばしていた。

 だが、ただのムードメーカーではない。かつては148キロだった最速も4キロ落ちたが、この10年で球種を3種類増やした。打者との間合いをずらすなど工夫も怠らない。スコアラーに相手打者の傾向を細かに聞きに行くほど研究熱心。「150キロでも打たれることはある。僕には球種と経験がある」との自負を持ってきた。「中継ぎはその場その場で結果を残すしかない。正直、勝ち投手になることはもうないんやろなと思ってました。積み重ねだと思います」。この日、報われた。

 だが帰り際には既に顔から笑みは消えていた。「僕は中継ぎなので、今日勝っても、明日打たれたらファームかもしれないですから」と浮かれずに車に乗り込んだ。「僕も11年目なので」。苦労を出さない苦労人らしく、うれしさをかみ殺しながら、さっそうと帰路に就いた。【浜本卓也】

 ◆阿部健太(あべ・けんた)1984年(昭59)9月8日、愛媛県生まれ。松山商2年の01年夏、甲子園で4強入り。02年ドラフト4巡目で近鉄入団。1年目の03年8月31日日本ハム戦、9月14日ロッテ戦で勝ったが、その後は勝利に恵まれなかった。184センチ、77キロ。右投げ左打ち。家族は夫人と1女。今季推定年俸1000万円。