「怪物」は変化を恐れない。だから、強い。

 ボクシングのWBO世界スーパーフライ級王者井上尚弥(23=大橋)が17日から4日間、静岡県熱海市で合宿を行った。昨年から定期的にキャンプを張る恒例の土地だが、今回の注目はその時期。従来は試合を控えて2~3カ月前に行ってきたが、今回は5月21日に同級2位リカルド・ロドリゲス(27=米国)を相手に迎える5度目の防衛戦(有明コロシアム)を1カ月後に控えての実施となった。

 その理由を聞くと「合宿後の動きがすごく調子が良い。今回は良い状態で試合を迎えるためです」と説明してくれたが、調整法を変えることを怖がらないその姿勢に、強さの秘訣(ひけつ)の一端をのぞいた気がした。成功者が過去の体験にとらわれ、それに拘泥するあまりに、いつしか成長が止まり、後退につながるということはスポーツの世界に限らずにあることだろう。井上はそうではない。

 例えば、河野公平(ワタナベ)を6回TKOで下した昨年末のV4戦を前にして試していたことも多くあった。拳を鍛えるための素手でのサンドバッグ打ちや、腰痛などの対策として体重を増やしすぎずにスーパーフライ級のリミット(52・1キロ)から5キロ増ほどの58キロ前後をキープするなど、新しいことへの挑戦に実に意欲的だった。今回の合宿に関しても、1日で階段を2700段ほど登るなど過酷なフィジカル強化合宿で「故障には気を付けたい」としながらも、従来の調整とは異なるスケジュールで動くことのリスクもあったと思う。それでも「合宿をした後はパンチのパワーの乗りが違う」という確信が、それまでしたことがない行動に移させていた。

 もちろん、重要なのは試合までの過程ではなく、その結果。勝利してこそ、それまでの取り組みも意味を持つことも事実だろう。ただ、常に新しいことに挑戦していく姿は、単純に見ていて面白く、興味を引く。豪快なKOシーンで度肝を抜く「怪物」だが、その内面にも注目していきたい。【阿部健吾】