NHKの顔からフリーに転身して1年になる。武田真一アナウンサー(56)。MCを務める日本テレビ系情報番組「DayDay.」(月~金曜午前9時)も、4月1日から2年目のスタートを切る。激変する言論空間と向き合いながら、「おしゃべりの価値を確立したい」と、日々戦っている。【取材・梅田恵子】

★ドキドキを忘れずに

「DayDay.」とともに走り抜けた1年。「まさに怒濤(どとう)の1年でしたが、楽しいのひと言」と笑顔で語る。「一番得意なこと、好きなことをやってこれからの人生を生きていきたいと思ってフリーになったので、すごく幸せです」。ド緊張ぶりが話題になった初回放送はよく覚えているという。「あのわくわく、ドキドキを忘れず、2年目もしっかりやっていきたい」と話す。

NHK時代は報道畑一筋。正午のニュース、「ニュース7」「クローズアップ現代+」など、自身がメインとなるニュース番組でキャリアを積んできた。曜日コメンテーターなど大勢の共演者とおしゃべりする情報番組のMCは日々新鮮という。「いろんな人が自由に、心の安全を保ちながら楽しく会話を交わす。その上で、新しい気づきや、みんなが納得するようなものが得られないといけない。ものすごく難しい番組だと思っています」。

番組2年目に向け、「おしゃべりの価値を確立したい」という思いを明かす。SNSで誰もが、どんな意見も発信できる時代。送り手の発言は常に匿名の批判や炎上リスクにさらされ、言論空間はNHKに入局した34年前とは様変わりしている。「心の安全を保ちながら楽しく会話」という環境が、まだ十分ではない現状を残念がる。

「ネットで誰でも言いたいことが言えるのはすごくいいことなのに、まだそこでのマナーが確立されていないから、乱暴な言葉や誹謗(ひぼう)中傷が飛び交ったりする。語り合いがうまくいかないことが、社会の摩擦や分断につながっている面もあると思うんです。だから、おしゃべりのあり方、ひな型を作りたいなと。それが、言葉やしゃべりで仕事をしてきた自分の責務じゃないかと」。

抜群の安定感には定評があるが、「本当は人見知りで、放送が終わると汗びっしょりですよ」と笑う。NHK時代は、代々木公園のベンチで30分ほどボーッとして心を落ち着かせないと局入りできなかったという。ともにMCを務める山里亮太(46)とは、キャラ違いでいいコンビに見える。

「刺激を受けますね。山ちゃんは報道出身ではないから、打ち合わせでも『なぜこれをやるのか』と反応する。『ニュースだから』と報道の文脈で流さず、例えばきょうの大谷翔平さんのホームランにはどんな意味があるのかという視点にハッとさせられる。きょうという日がどんな特別な1日なのか。『DayDay.』というタイトルと向き合い、みんなで怠けずに戦っています」。

★オレの時代キター!

子どもの頃から言葉で何かを表現することが大好き。小学4年の時にはSF小説を書いていた。「ひそかに開発された細菌兵器を積んだ軍艦がマリアナ海溝に沈められて、それがある日解き放たれて、みたいな話。今思えば小松左京さんの『復活の日』と同じですが(笑い)」。青春時代にはバンドや演劇サークルに熱中するなど、人前でパフォーマンスすることも好きだった。言葉を武器に、日本中の人々に向けて情報を伝えるアナウンサーになったのも必然といえる。

コピーライター志望で受けた広告代理店が不採用となり、友達に誘われてNHKを受けた。第1志望はディレクター職。「なれると思わなかったので」と、あえて第2志望で書いたアナウンサー職で採用された。同局のアナは全国に約500人。自分が将来「ニュース7」のキャスターを務め、NHKの顔と呼ばれる存在になるとは、この時「まったく思っていなかった」という。

熊本、松山を経て東京アナウンス室の配属となり、99年から正午のNHKニュースを担当。一躍人気アナウンサーの道を駆け上がった。「オレの時代がキター! みたいな思いは、正直ありました(笑い)」。

一方で、当時の意外な心境も明かしてくれた。「心をすり減らしていたんだと思うんですけど、ある時から、いろんなことに感動しなくなってくるんですよ。大きな事件が起きても、以前なら『これをどう伝えようか』と、ドキドキや緊張があったのに、感情の度合いが減っている自分がいて」。

転機となったのは、沖縄放送局への異動(06年)だった。「基地問題や歴史の話にたくさん携わり、自分の視点や切り口が明確にある。そんな中での番組作りが気持ちよかったんです。隣の人のために自分が役に立っているという実感を持てて再生しました。言葉で伝える楽しさ、意義に気づけて、この仕事っていいなと」。2年後、東京アナウンス室に復帰し、誰もが知るNHKの顔となった。

★AIアナ素晴らしい

放送界ではここ数年、各局の男性エースアナの退社が相次いでいる。この4月だけでも、元NHK青井実アナ(43)、日本テレビ藤井貴彦アナ(52)らがフリーとして新しく番組を持つ。

「自然なことだと思います。やっぱり、ライフシフトですよね。人生100年の時代になって、この先30年、40年生きていかなきゃいけないと考えた時に、第2の人生に踏み出すのはまったく不思議じゃない。みんながいろんな人生を模索していく流れだと思います」。フリーアナ戦国時代への脅威について、「意識しないことはない」と笑いながらも「逆に心強いですね。みんな同じなんだって」。

近年めきめき力をつけてきたAIアナウンサーも「素晴らしい」と評価している。「メディア、特にニュース番組は実用品じゃないといけないんですよね。情報を間違いなく、確実に届けるという意味では、AIアナウンサーの力を借りることはすごく大事」。災害報道に力を注いできた立場から見ても、AIアナの方が正しく伝えられる情報は多いと認める。

「でも、身を守る行動をとっていただくとか、人の心を動かす言葉というのはAIのアルゴリズムではまだできない。こここそ、人間がやれる余地だと思います」。人間だけに備わったアルゴリズムの可能性を信じている。「『DayDay.』でやろうとしているような、お互いを尊重しながら楽しく気づきを得ていくというのは、実はすごく複雑なアルゴリズム。ここが人間の頑張りどころで、アナウンサーとして、何か貢献したいんです」。

▼「DayDay.」で共演する黒田みゆアナウンサー(25)

武田さんはいつもノートを持ち歩いていて、番組で取り扱うことやゲストの方の情報をたくさん書き込まれています。気象庁のホームページの端に載っているようなことまで細かくチェックされていて、打ち合わせの時はそのノートを全く見ずにお話しされます。全部頭に入っているんだろうな、どうやったらそんなスキルが身につくんだろうと毎日勉強させていただいています。急な変更に対応できるようノートに付箋を貼るようにされていて、私も今までは台本に書き込んでいましたが、武田さんを見習って付箋に書くようになりました。

◆武田真一(たけた・しんいち)

1967年(昭42)9月15日、熊本県生まれ。90年NHK入局。正午のNHKニュース、「ニュース7」「クローズアップ現代+」など看板番組のキャスターを務め、報道の顔として活躍。16年の紅白歌合戦では総合司会も務めた。昨年2月末に退局し、フリーに。同4月から、日本テレビ系情報番組「DayDay.」で山里亮太とともにMC。高校時代はバンド活動も。趣味はギター。

◆「DayDay.」

日本テレビ系情報番組。月~金曜午前9時から生放送。武田真一アナ、山里亮太(南海キャンディーズ)の両MCと、黒田みゆアナウンサーの3人を中心に、各曜日のメンバー陣が出演。政治経済、エンタメ、スポーツなどさまざまな話題を放送。