故桂米朝さん(享年89)の長男、桂米団治(56)は26日、兄弟子の桂ざこば(67)が大阪市内に立ち上げた「動楽亭」で、「還暦記念桂塩鯛十日間連続独演会」にゲスト出演し、塩鯛襲名興行にまつわる父の秘話を明かした。

 塩鯛は京都の出身で、ざこばの弟子。南座での襲名興行千秋楽で、ざこばたっての願いで米朝さんが口上に並ぶことになった。

 米団治によると「80歳過ぎてぐらいから、ところどころ忘れるまだらボケがありまして、当日も緞帳(どんちょう)上がる直前まで、何度も何度も僕に『今日は何(で来た)んや』と聞いてきた」といい、周囲にはやや不安があった。

 ところが、幕が上がれば「都丸(塩鯛の前名)はここ京都の出身で…」と、堂々たる口上。だが、やっぱり「都丸あらため…」で、塩鯛の名前をど忘れし「うっ…」とうなってしまった。米団治によると「国宝ってのはすごいもんでんな。客席も嗚咽と勘違いして、みんなハンカチ出して。ざこば兄さんも泣き出してねえ」と、感動の口上に様変わりしたという。

 妙な形で父の偉大さを痛感した思い出ばなしをまくらにネタに入った。

 今月19日に米朝さんが亡くなってから一門会、寄席に加え、テレビ局の特番出演が重なり、前日25日の葬儀では喪主としても大役を果たした。逆に米団治自身の過労が心配されるが、終演後にはさわやかな笑みで「明日から休みます」。ただし、27日以降も高座の予定があり、米団治自ら「親父が他界したおかげ」という仕事ラッシュも収まりそうにない。