遠藤実(えんどう・みのる)さんは独学で5000曲を超える曲を手がけた。遠藤さんの自伝によると、もともとは歌手志望だったが、あるオーディションで「汚い服装で、しかもあの顔で歌手になれると思っているのか」と審査員に冷笑されたことをきっかけに、歌手を断念。作曲家になる決心を固めた。だが、譜面を書くことも読むこともできない。93年に亡くなった最愛の妻節子さん(享年64)がへそくりで買ってくれたギターを片手に、努力を重ねて曲作りを身につけていった。

 世に出る前、知人に貸したはずの曲がヒットするなどの不遇を経験。その際自らの不運をのろい、自殺を考えたこともあったという。そんな苦労が原点だった。作曲家として成功してからも「上京したときの初心を忘れまい」と、毎年その日は梅干し1個ですごした。

 著名な作曲家であり、有名な愛妻家でもあった。出会って25年目の76年、貧しさからできなかった結婚式を都内で挙げた。来年の節子さんの十七回忌を前に、遠藤さんも同じ墓に入る。