東日本大震災から明日11日で2カ月を迎える。元タレント気仙沼ちゃんこと白幡美千子さん(56)は、家族4人で力を合わせ、経営する民宿「アインスくりこ」の再開へ向けて懸命に準備を進めている。芸能界からも心配する手紙などが寄せられているが、恩師の萩本欽一(70)には連絡を取っていない。欽ちゃんに会うのは「住んでいる大島が復興して、『くりこ』を再開してから」と心に決めているからだという。
「欽ちゃんの奥さんとは電話で話をしたのさ。でも本人とはまだ。直接会って話をしたいから。でも、今はまだその時期じゃないの」。美千子さんは芸能界の恩人であり、人生の師匠でもある欽ちゃんに会いたい気持ちを封印している。
民宿は海から約100メートル離れた高台にあるが、津波は容赦なく襲いかかった。1階は水没し、約200枚の畳、冷蔵庫、台所用品などが使えなくなった。敷地内には海水が運んだ大きな丸太が何本も流れ込んできた。今はそれらを片づけながら民宿再開への準備を進めているが、再開時期は2~3年後という。
かなり先になるのは、被災をきっかけに宿の改修に乗り出すことが一因だ。玄関などをバリアフリーにし、浴場も直す予定という。そこには「人と同じことをしてはだめ。前と同じではだめ」という欽ちゃんの教えがあるという。「最後に会ったのは2年前。今度会うときは、前よりも成長した自分を見てほしいし、お客さんには一層、心から満足してもらえるようにしなくちゃ」。「客の満足」には、島民の暮らしが落ち着き、景色や海産物などの恵まれた大自然を再び楽しめることが必要。そう心に決めている。
95年に13歳で亡くなった長男智紀さんの「遺言」も、決意の後押しをしている。死後見つけたノートには「夢を持たないと変われない。持てば変われる」との記述があった。「あの時に知ったの。人生はいつ終わりがくるか分からない。その時をいつ迎えても良いように、自分らしく後悔しないように生きないと。夢を持ちながらね」。
バリアフリー化などは、心の中では「何とかしたい」と思っていても、多忙な日常生活の中で実現へ踏み出せなかった長年の「夢」だった。目指すのは単なる復旧ではなく復興だ。民宿だけでなく、自分自身も「これだけ大きな震災を経験した。ここから何かを学ばないといけない」とリスタートの必要性を強く感じている。
“おかみさんの気仙沼ちゃん”に会えるにはしばらく時間がかかりそうだ。でも、その時には「お客さまを最高のおもてなしで迎えたい」。いつもの気仙沼ちゃんスマイルでそう約束してくれた。【松本久】
◆気仙沼ちゃん
本名・白幡美千子。宮城県気仙沼市出身。77年から78年にかけてフジテレビ系「欽ちゃんのドンとやってみよう!」に一般公募を経て出演。素朴なキャラクターと東北弁で「気仙沼ちゃん」として人気を得た。80年に地元で結婚し、気仙沼湾にある大島で民宿のおかみをしている。07年にテレビの旅番組で萩本欽一と再会している。




