保田隆芳さん死去、史上初の8大競走制覇
伝説の名騎手よ、さらば。保田隆芳氏が1日午後9時21分、都内の病院で病気のために亡くなった。89歳だった。米国から持ち込んだモンキー乗りで日本競馬界に革命を起こし、史上初の旧8大競走を制覇。調教師としても天馬トウショウボーイを育てた。親族のみの密葬で、秋に遺族による「しのぶ会」が行われる。
温厚な人柄で誰からも愛された隆芳氏が1日夜、息を引き取った。ここ3週間ほどは入院生活を送っていたが、つい先日まで元気な姿を見せていた。「天馬」の愛称で親しまれたトウショウボーイに騎乗していた池上昌弘調教師が先月6日に見舞いに訪れた際は「もっと頑張れ」と激励した。先週土曜の福島競馬5Rで長男である保田一隆調教師の馬が新馬戦を勝ったときは、テレビの前で大喜びしていたという。競馬一筋の情熱は97年に調教師を引退してからも変わらず、府中の自宅近くの東京競馬場を中心に、しばしば競馬場に足を運んでいた。
騎手としても調教師としても、成功者だった。日本の競馬界に残した功績は計り知れない。競馬界に血縁関係はなかったが、乗馬にのめり込んだのをきっかけに、1934年に尾形藤吉厩舎の見習い騎手となった。36年に騎手免許を取得するとすぐに頭角を現し、名門厩舎のエースジョッキーの座を手にした。38年には第1回の阪神優秀牝馬(現在のオークス)をアステリモアで制覇。現在でも史上最年少記録として残る18歳8カ月でのクラシックレース優勝を遂げた。
兵役で一時は競馬界を離れたものの、46年に復帰後の活躍も華やかだった。58年には、日本馬初の海外挑戦となったハクチカラの米国遠征に帯同した。自身は勝ち星こそ挙げられなかったが、持ち前の研究熱心さで、日本ではまだなじみの薄かったモンキー乗りを習得。天神乗りといわれる馬の背をまたぐ格好ではなく、あぶみの上でつま先立ち、腰を浮かせて前傾姿勢を取る騎乗スタイルをものにしたことで、帰国後は勝ち星を量産した。以後はリーディングの常連となり、他の騎手は次々にモンキー乗りに転向した。48歳となった68年、マーチスの皐月賞を勝ち、史上初の8大競走(皐月賞、ダービー、菊花賞、桜花賞、オークス、春秋天皇賞、有馬記念)制覇を達成。年齢を重ねても騎乗ぶりは衰えず、50歳目前まで一流ジョッキー生活を送った。
引退レースとなった70年京王杯SHをミノルで有終の美を飾り、同年調教師に転身。開業1年目に安田記念、天皇賞(秋)をメジロアサマで制した。トウショウボーイは76年皐月賞、有馬記念、77年宝塚記念を制覇。好敵手のテンポイント、グリーングラスとともにTTG時代を築いた。長年の功績が評価され、95年には競馬関係者として初の勲4等瑞宝章を受章。04年には殿堂入りを果たした。
トウショウボーイは92年に世を去った。それから16年余り。戦後の競馬界をけん引した巨星は、天馬と再会を果たし、天国から競馬界の今後を見守っていくことだろう。
[2009年7月3日8時10分 紙面から]
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