どん底から復活したU-22(22歳以下)日本代表FW山崎亮平(22=磐田)が、4年越しの夢舞台へゴール宣言だ。同代表は14日、ロンドン五輪アジア2次予選クウェート戦(19、23日)に向けた静岡合宿の2日目を実施。山崎は“飛び級”で前回の北京五輪代表に招集されながら、本大会直前に左足の骨折で落選。さらに通称バセドー病と言われる「甲状腺機能亢進(こうしん)症」に苦しんだ日々を乗り越え、再び五輪出場に挑む。数々のストライカーを生んできた「磐田の星」が、第1関門突破を決めるゴールを奪う。
決して雄弁ではない山崎の語気が、ひときわ強くなった。「自分のタイミングで仕掛けて、シュートを多く打ちたい。五輪の予選でゴールを取ることを目標にやってきた」。この日、チームは非公開練習で、約2時間かけて戦術を確認。山崎は従来通り2列目の左MFに入った。19日のホーム初戦へ、誰よりも強い思いが、体にみなぎっていた。
反町ジャパンの「ワンダーボーイ」だった。3年前の08年2月。北京五輪出場が決定し、新たな戦力発掘に動いた反町監督の目に留まり、米国遠征に選出。同じく“飛び級”招集だった香川真司とともに脚光を浴びた。そして、その遠征でも2戦3発と猛アピール。だが、約半年後、中国にはいなかった。テレビで仲間の戦いを見ていた。「一緒にやっていた人たちが…。正直、悔しかった」。
本大会直前の5月に左足中足骨骨折して五輪は落選。再骨折も重なり、3回手術して松葉づえが取れた翌年3月、さらなる不幸が襲う。体調不良を訴えると、検査結果は甲状腺機能亢進症。新陳代謝を調節する甲状腺ホルモンが過多に分泌される。「2カ月休んで、3カ月リハビリ。(骨折以降)結局2年くらい動けなかった。実家で療養。もうニート状態です」。新陳代謝が高まるため、脈が早くなる。心拍数を上げないため、運動も制限された。体脂肪率は17%に増えた。
リーグ戦出場は新人の07年から4年間でわずか10試合。得点もなかった。だが、どん底でもあきらめなかった男には、目の前に手本がいた。日本代表FW前田。「昔から前田さんのいいところは自分に吸収できるようにと思ってやっていた。今でも勉強になっている」。前田が高原を見て、高原が中山を見て育ったように、日本代表FWの技を盗み、成長を遂げてきた。今季は5月7日の山形戦でリーグ初ゴールを挙げるなど、8戦3発と結果を残す。
19日のクウェート戦が、4年越しの五輪出場への第1歩となる。今回のチームの発足となった昨年11月アジア大会から代表入りし、宇佐美、原口らと争った左MFでの先発起用も見えてきた。「ワンダーボーイ」は今、チーム最年長。「どこで出ても、点は取りたい」。短い言葉の中には、誰よりも強い決意が込められていた。【阿部健吾】

