2020年東京五輪へ、「侍ハードラー」の試みが本格化した。

 陸上男子400メートル障害で五輪に3度出場した為末大氏(38)が12日、ブータン五輪委員会(BOC)から派遣された陸上短距離の男女3選手を、埼玉県・熊谷スポーツ公園陸上競技場で指導した。

 4年後の東京五輪出場を目指す男子のハバ・ツェリン(21)、タン・デンドゥップ(18)と女子のサンゲ・チョデン(17)の3選手に対し、走りの基本動作に始まり、クラウチングスタートの体勢についてなど、1人1人に細かく説明。昨年の世界選手権北京大会にブータン選手として初めて出場(100メートル予備予選)したタン・デンドゥップは「(クラウチングスタートで)自分にとってのいい姿勢は何か、考えてやったら一歩目がよくなり、スタートが速く切れるようになった」と満足そうに話した。

 為末氏は昨年3月、ブータン側から選手強化やスポーツ政策の支援を望まれ、BOCのスポーツ親善大使に就任した。以降、これまで為末氏がブータンを訪れた際に指導してきたが、今回は東京五輪の事前合宿誘致を目指す埼玉・寄居町に招待され、BOC会長を務めるジゲル・ウゲン・ワンチュク王子らとともに3選手が来日。明確な目標と掲げる東京五輪の地へ、初めて足を踏み入れた。

 その埼玉・寄居町とブータンを結び付けるきっかけとなったのは、昨年4月に為末氏が同町を訪れた際、スポーツを絡めた地域振興策を提案したことに始まる。この日も午前中の熊谷市内での指導が終わると、午後は自然豊かな同町の三ケ山緑地公園へ移動。今度はブータンの3選手と同町にある中学、高校の陸上部員約50人を対象に、為末氏による陸上教室が開かれた。

 晴天の下、芝生のグラウンドで日本の中高生と笑顔で汗を流したハバ・ツェリンは「とても楽しくいい経験ができた。日本は何もかも発展していて、今回の来日は新鮮な驚きばかり」とうれしそうに話した。イベント後は、あちこちでブータン選手を囲む中高生の輪が出来上がった。そんな光景を見つめる為末氏は「この世代の子たちは言葉が通じなくても、コミュニケーションが取れてしまう」と、自然と笑顔になった。

 為末氏はかねて東京五輪について「東京五輪は自国ではなく、アジアにフォーカスしたものになったらどうだろうか。アジアからなるべくたくさんの選手に参加してもらい、日本を体験してもらう」との見解を持っている。メダルの最大化だけにとらわれず、日本人が他国の選手を指導し、その指導を受けた選手が自国の希望になる。そういうのも「日本らしい貢献では」と言う。

 今回の埼玉・寄居町のブータン選手の国際交流事業は、そんな為末氏の思いが一つの形となったもの。今後も4年後の五輪へ向け、侍ハードラーによる「日本らしい貢献」は続いていく。