<柔道:全日本選抜体重別選手権>◇最終日◇3日◇福岡国際センター

 被災した家族にささげる初優勝&世界切符だ!

 女子63キロ級で宮城県石巻市出身の阿部香菜(22=三井住友海上)が初優勝し、8月の世界選手権(パリ)初代表に選出された。東日本大震災で壊滅的な津波被害を受けた石巻市渡波地区に実家があり、家族は全員無事が確認できたが、家は1階が浸水。今も停電が続いている。応援に駆けつけられなかった家族へ、涙の吉報を届けた。

 喜びを一番分かち合いたい家族は、会場にはいなかった。まだ地元に電気は通っていないから、勇姿をテレビでも見てくれてはいない。それでも阿部は、1120キロ離れた故郷石巻に思いのたけを発信した。「本当は今日来るはずだった家族のためを思って戦いました。とにかく優勝して、いい報告をしたかった。うれしいです」。初優勝に、涙が止まらなかった。

 大会に懸ける思いが誰より違った。実家の石巻市渡波地区は津波で壊滅的な被害を受けた。地震当日、都内にいた阿部はすぐに携帯で映像を見て、衝撃を受けた。「本当に地元なのかと思った。信じられなかった」。電話はつながらない。インターネットやテレビ、ラジオで安否確認をしたが、見つからない。「かわいそうなほど落ち込んでいた」と、三井住友海上の貝山コーチは振り返る。

 連絡が取れたのは地震から5日後。海から300メートルのところにある自宅は1階が浸水したが、奇跡的に全員無事だった。極度の不安から解放されて、張り詰めていた糸が切れかかった。すると大会1週間前、柳沢監督に言われた。「優勝しないと、地元には帰さないぞ」。監督なりのゲキだった。

 1回戦を危なげなく勝ち、準決勝では昨年世界2位の田中に技ありを奪われたが、得意の内股で逆転の一本を奪った。決勝も優勢勝ち。女子日本代表の園田監督は「何が何でも勝つというのが伝わってきた」と気迫を買って初代表に選んだ。試合後、阿部はぞうきんなど掃除道具を持って、2日間だけ帰省を許された。「とにかくメダルを目指して頑張りたい」。吉報を早く、その口で伝えたい。【今村健人】

 ◆阿部香菜(あべ・かな)1988年(昭63)4月25日、宮城県石巻市生まれ。3歳で柔道を始める。渡波中-東北高-三井住友海上。06年全国高校総体2位、10年全日本実業団個人優勝、同講道館杯3位、W杯ブダペスト優勝、11年W杯ウィーン2位。得意技は内股。家族は両親と姉2人、妹1人、祖父。160センチ。