何でもないような1球が、試合の中で大きなうねりを起こす。5、6月ごろの試合だと、流れが変わらないまま、過ぎ去ることも多いが、シーズン終盤の戦いだと大きく影響してくるから、不思議なものだ。阪神、広島ともCS進出をかけて、もう負けられないという集中力が高まる一戦だからこそ、起きる現象とも言える。

広島先発の森下は立ち上がりから珍しいほどの不調だった。ストライクを取れるのがカットボールだけ。直球、カーブ、チェンジアップがまったくと言っていいほど決まらない。

カットボールに的を絞った阪神打線は粘りながら、球数も投げさせた。佐藤輝が先制の2点適時打を放ち、なお2死二、三塁。だが梅野はフルカウントから外角低めに大きく外れたボール球のチェンジアップに手を出し、投ゴロに倒れた。

森下に初回だけで40球を投げさせ、一見、阪神に優位な展開に思える。ただ梅野が見逃していれば、満塁へとつながっていた。もちろん後続が打たなかったかもしれない。ストライクゾーンに来ても凡退したかもしれない。だが広島からすれば「助かった」と思えた。

梅野が手を出した運もあるが、チェンジアップを選択した捕手会沢の決断力もある。それまで2球しか投げておらず、大きく外れ、打者に見極められていた。四球のリスクもあったが、唯一、ストライクゾーンに収まるカットボールで、同球種に絞った打者に玉砕覚悟で投げさせるよりも、チェンジアップが決まるわずかな可能性を信じた。外れても8番小幡で仕切り直せばいい。目先の勝負に走って3、4点を失うよりも、森下の復調の兆しを見いだそうとした腐心のリードだった。

この1球が勝負のあやとなった。直後の2回の坂倉、小園の本塁打を含む4点の逆転につながった。さらに初回は立ち直る気配を感じなかった森下が2回から立ち直り、阪神を劣勢ムードに立たせた。

阪神もこの試合で引退する糸井を5回に代打に送り、打開を図った。2番手の西純が3回2/3を無失点に抑え、接戦につなぎとめていた。正直、西純を代えるリスクもあると感じたが、矢野監督は糸井を後押しする場内の歓声で流れを変えようと考えたのだと思う。

この決断は糸井の左前打が生んだ、うねりにより、4-4の同点で延長戦にまで持ち込んだ。だが延長11回にバント処理を悪送球した岩貞の失策から、大量6失点で破綻した。延長のミスも痛かった。しかし初回に梅野が1球のボール球に手を出して凡退したことが、この1敗の遠因とは思えない。(日刊スポーツ評論家)

阪神対広島 広島先発の森下(撮影・上田博志)
阪神対広島 広島先発の森下(撮影・上田博志)
阪神対広島 2回表広島無死、坂倉は右越え本塁打を放つ。投手は伊藤将(撮影・加藤哉)
阪神対広島 2回表広島無死、坂倉は右越え本塁打を放つ。投手は伊藤将(撮影・加藤哉)