甲子園球場のリリーフカーを右翼の芝生の上で降りると、阪神加治屋蓮投手(30)は、そのまま一、二塁間を直進せず、必ず一塁側のファウルグラウンドを大回りして、一塁と本塁の中間ほどの位置からフェアゾーンに入りマウンドへ向かう。

「一、二塁間というか、あの守っているところを荒らしたくないっていうことが一番ですかね。イレギュラーして、打球の方向が変わったりすると、後悔するのは自分なんで」

そう理由を明かし、続ける。

「野球人生において1度あるかないかぐらいだと思うんですけど…。野球の神様はグラウンドにいると思っている」

自分がつけた足跡で打球方向が変わる可能性は、ほとんどないと頭では分かっていても、万が一を防ぐための「遠回り」。これまでもそういう思いは持っていたが、黒土の甲子園が本拠地となって、遠回りを実行するようになった。再びはい上がってきた男の勝負、結果へのこだわりを感じた。

13年ドラフト1位でソフトバンクに入団。18年は中継ぎで72試合に登板し日本一に貢献した。だが、その後は故障もあり20年オフに戦力外となった。チャンスをもらった阪神移籍1年目の昨季はわずか7試合、防御率7.94と結果を残せなかった。「もうやるしかない。少しでもタイガースに恩返ししたい」。キャンプは2軍スタートも、4月13日の中日戦(バンテリンドーム)で特例2022代替選手として急きょ1軍に呼ばれた。同点の9回で今季初登板し3者三振。その勢いで10回も投げたが、1死一、二塁から大島に3球続けたフォークをとらえられサヨナラ負け。「あの1球をすごく悔やんでいる。ああいう思いをしたくないのが一番」。言葉通り、その後は18試合連続無失点。今季ここまで20試合で0勝1敗3ホールド、防御率1.13と結果を重ね、首脳陣の信頼も勝ち取ってきた。

「ピッチャー加治屋」と場内アナウンスされると、甲子園の虎党の拍手も大きくなってきた。

「頑張れよ、という声も届いています。リリーフカーに乗っている時も、すごく応援してもらっているなと思いながら向かっています。阪神ファンの期待に応えたいというところも、今の投球内容が続けられているのかな」

メガホンをたたく音の後押しに感謝する。

強気で内角をえぐる直球は150キロを計測するまでに戻っている。「状態はすごくいいので」と話す表情、大きな目にも力強さ、自信が戻ってきた。これから何度も、リリーフカーから降りて遠回りしてマウンドへ向かう加治屋の姿を見ることができそうだ。【石橋隆雄】