取材エリアがひそかに笑いに包まれたのは、19日のDeNA戦後のことだ。阪神が6-2で完勝し、優勝マジックを「27」に減らした夜。横浜スタジアムの関係者出入り口から出てきた阪神栄枝裕貴捕手(25)は「最高っす…!」と言った。
「あれ、これ『ワンチャンあるぞ』と思って。頭の準備はできてましたね」
1点リードの7回無死一塁で代打で登場。2球目を捕手前に転がすバントを決めると、近本光司外野手(28)の適時打で中押し点につなげた。
勝利には欠かせなかったプレーだが、脇役なのは否めない。それでも、まるでヒーローになったかのように堂々と、軽やかな口調で話していた。そのギャップに空気が少し和んだのだ。
梅野隆太郎捕手(32)を左尺骨骨折で欠くチームは「捕手3人制」を敷いている。坂本誠志郎捕手(29)が軸。長坂拳弥捕手(29)はすでに試合途中からマスクをかぶっており、栄枝は「第3捕手」の認識だろう。それどころか、プロ通算1安打の実績は、1軍登録されている17人の野手の中で「17番目の男」とも言えるかもしれない。
そんな背番号39が、今季初出場で代打バントを決めた。ヒーローになったような堂々たるコメントは、試合に入り込めていた証拠でもあるように感じる。
15日に今季初めて1軍昇格した際には「出番があるか分からないけど、とにかく声を出すこと、ムードをつくっていきたい」と、まずはムードメーカに徹する意識があった。ただ、その2日後。マツダスタジアムの室内練習場で打撃練習を終えたタイミングで声をかけると「やれる気しかしないですよ!」。出番に飢えている雰囲気も出てきていた。
5月下旬から6月中旬まで1軍でプレーした2年目の中川勇斗捕手(19)は、「1軍体験」の意味合いが強く、試合出場がなかった。栄枝はそうじゃない。3人目の捕手として有事に備え、時には打席の出番もある。自身に求められる働きを理解した上で、決して「小技要員」ではない立場ながら、きっちりと仕事を果たしてみせた。
坂本が試合後、「みんながバントだと分かっているところでバントを決めるって、めちゃくちゃ難しい。今日は栄枝がヒーローじゃないですか」と言ったのも納得できる。「17番目の野手」のプロ初犠打が、隙のない虎の象徴だ。【阪神担当 中野椋】




