当たり前のことを遂行したまで、と思っていたからだろうか。阪神熊谷敬宥内野手(27)は22日の中日戦(京セラドーム)後、高ぶることなく淡々と言った。 「打った瞬間、ホームにいけるかなという感じでした」

1点ビハインドの7回、先頭の代打ミエセスが四球で出塁し、代走で登場した場面のことだ。2死一塁から、3番森下の左中間への打球で長駆ホームイン。ヘッドスライディングで1点をもぎ取った。試合を振り出しに戻し、後のサヨナラ劇につなげた。

手元の時計で計測すると、森下が打球を捉えてから熊谷がホームインするまで、9秒88だった。3月のWBC準決勝メキシコ戦の9回裏、侍ジャパン村上のサヨナラ打で一塁走者周東がホームまで駆け抜けたタイムが10秒28だという。熊谷のタイムは正確ではなく参考程度にしかならないが、その俊足ぶりは分かる。

ただ、単純に足が速いだけが魅力の選手ではない。試合後、一塁コーチャーの筒井壮外野守備走塁コーチは「京セラなんでね、特にね」と言った。京セラドームの人工芝は、東京ドームやバンテリンドームのそれとは違い、ボールが跳ねやすい特性を持つという。

「そこまで細かくやっているので。だから、シートノックとかを見てもらったら分かるけど、わざと打球をはずませたりとかしますから。そういったことを取り入れながら、打球の跳ね方も確認して」

試合前のシートノックでノッカーを務める筒井コーチ。森下ら若手に向けて「跳ねるって言うたやろ!」と声を飛ばすシーンもある。

森下の打球は左中間へ飛び、中堅岡林が捕球した。フェンスに到達するような打球ではなかったが、岡林は大きくはずんだ打球をジャンプして捕った。これではスローイングは遅れてしまう。

熊谷は本職の二塁だけでなく外野守備もこなす。この外野芝生の特性を、身をもって理解している1人でもある。だから「頭には入っていました」と当たり前のように言った。日頃の準備が、ここ一番で生きた瞬間だった。

一方で、決して完璧に仕事をこなせたわけではなかった。代走として送り出され、上位打線を迎えた場面。二盗でチャンスを拡大するためにサインも出ていた。ただ、「なかなかアウトになれないケースでしたし」とチャレンジできなかった。1死となり2番中野の打席。4球目に走ったが、ファウルになった。スタートを切ったのは、そのシーンだけだ。

それでも、できることはある。筒井コーチは「スチールできれば理想だけど、揺さぶるのも仕事だから」と話す。結果的に熊谷は計4度のけん制球をもらっている。マウンドの中日斎藤はサウスポー。目の前に俊足ランナーがいれば、気にならないはずがない。心が乱されたのか、4度目のけん制はホーム方向に少しそれた。

最終的に森下が捉えたのは、外角にきた甘めの速球。バッテリーは熊谷の足を警戒し、100%打者勝負という状況ではなかったのかもしれない。二盗こそできなかったものの「(盗塁)いけなくても、プレッシャーをかけられる選手であらないと」と筒井コーチが求める役割を果たし、同点打につなげたといえる。

ただ足が速いだけじゃない、「点が取れる」代走。18年ぶりの「アレ(=優勝)」へ走り続ける虎には、相手投手にとって、いやらしい男たちが控えている。【阪神担当 中野椋】