元二刀流選手が投打でのプレーを断念したことが、二刀流・大谷のすさまじさを物語っている。エンゼルスの主軸に成長したジャレド・ウォルシュ内野手(28)は、18~19年に本格的な二刀流に挑戦。だが、左腕の違和感と球団の勧めもあり、20年の春キャンプから打者に専念することとなった。「個人的な感覚として、僕の体では出来ない」と感じたという。
大谷の活躍により、米アマチュア球界では二刀流選手が増殖している。実際に大学野球ではかつて、投手か野手か選択して入学させる方針が一般的だったが、近年は投打でのプレーを積極的に容認する流れが生まれつつある。メジャーでも18年、レイズがドラフト2巡目でタナー・ドッドソン(現ドジャース)を二刀流選手として指名した。一方で、ウォルシュは二刀流を断念。同僚の大谷を最も近くで見られ、いわばお手本がすぐそばにある状況だったが、二刀流増の流れに“逆行”する形となった。
今春キャンプで、ジョーク交じりに言った。「(二刀流のプレーは)問題ないと思っていたが、彼を見て、こんなに多くのことはしたくないと。出来ないよ」。1度経験したからこそ、投打で調整を続ける過酷さが分かる。「登板後に朝起きたら『あぁ~』って感じで、エネルギー不足になる。肘、肩、腰、その他にも負荷がかかる」と、実体験から明かした。最高峰のメジャーレベルで結果を残し、全身が張る体のケアを行いながら162試合のシーズンを乗り切ることが、二刀流には求められる。
もっとも、ウォルシュは投打でプレーする潜在能力と意欲はあった。「投手は楽しい。試合をコントロールできるし、二刀流も好きだった」。マイナーでは23試合の登板で2勝2敗の防御率3・38。メジャーでは19年に5試合登板し、わずか5イニングだが、防御率1・80の成績だった。「もともとは投手でドラフトされたし、投手に専念するなら出来たと思う」と自信もあったが、「90マイル(約145キロ)を超えるくらいのスピードはあったけど、彼は100マイル(約161キロ)。僕は、圧倒的な投手にはなれなかっただろうね」。二刀流断念の結果に至った。
打撃では大谷に負けず劣らずの飛距離を誇り、昨季は29本塁打。身体能力が高いことは間違いないが、メジャーでの二刀流挑戦は約1年で終わった。大谷はメジャー4年目でシーズンを完走し、5年目で開幕投手にもなった。ウォルシュは大谷を、実在しない生物の「ユニコーン」とたとえる。まさに唯一無二の存在-。大谷が歩んできた10年は、それだけの価値がある。【斎藤庸裕】(この項おわり)
◆ジャレド・ウォルシュ 1993年7月30日、米ウィスコンシン州生まれ。ピーチツリー高からジョージア大をへて、15年ドラフト39巡目(全体1185位)でエンゼルス入団。19年初昇格。昨季は29本塁打で一塁手として初のオールスター出場。通算207試合で打率2割7分1厘、39本塁打、129打点。投手では19年に5試合で0勝0敗、防御率1・80。183センチ、95キロ。左投げ左打ち。




