ロッテの谷保恵美さん(56)がZOZOマリンの場内アナウンサーとして、早ければ16日のソフトバンク戦で通算2000試合担当に到達する。小学校時代からの根っからの野球女子には、もう1つの世界があった。合唱少女だった。

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ナイター翌日のデーゲームは、業界内で“ナイターデー”と呼ばれる。だいたい金曜から土曜にかけての話。谷保さんは土曜朝、JR海浜幕張駅からマリンまで歩く。歌いながら。

「寝不足だと声が出ないよって言われたので。今でもナイターデーは気をつけています。確かに声が出ないんですよね」

昔はドリカム、今はK-POP。たまに信号待ちで後ろの人に気付かれ、照れる。土曜の習慣を身につけてくれたのは、帯広での小学校時代の音楽教師。帯広アドニス少年少女合唱団の創立者でもあった。対象は中学生以上ながら、小学生にして誘ってもらった。

「私たちはザ・ベストテン世代で。同じ番組を皆が見ているから、学校でも同じ歌をみんな歌える。キャンディーズ、ピンク・レディーの世代なので。みんな歌が好きでしたね」

ブルガリアの国立ソフィア少年少女合唱団と親交があり、ブルガリアの曲を訳したものを歌うことも多かった。高い声域のソプラノを担当した。全体練習は週1回程度、たまに合宿も。合唱コンクールが近づくと、自宅での練習も必要になる。「なので、弟に低いパートを覚えさせてハモらせて…みたいな」。

腹式呼吸を意識させての家庭内熱血指導は、夜な夜な続いた。北海道は、とりわけ農地も多い十勝は、家と家との距離が長め。「思い切り歌っても、あまり迷惑がかからない場所が多いので。北海道の人に歌手が多いのは、そういう背景もあるのかなと思ったりしますよね」。歌が声域を広め、のどをタフにし、希代の記録に結びつく。

コンクールや発表会では大役を任された。「次の曲は誰々作曲の何々~っていうアナウンスを、合唱の列から抜けて1人でやるんですよ。あれで度胸がついたな~って思うんです、すごく」。マイクを握り、スポットライトで照らされたひととき。大勢の前でたった1人で声を出した初めての体験も、将来の大仕事につながった。

高校卒業まで合唱団で活動するつもりだったが、中3でやめた。帯広三条高の入学式でのこと。「父は学校行事にはほぼ1度も来たことがないんですけど、高校の入学式はなぜか行くって。式にいないなと思ったら、野球部のグラウンドにいて」。監督と父が話し、いつの間にか女子マネジャーで入部することに。野球&合唱の二刀流から、野球女子の一本道が始まった。【金子真仁】(つづく)

20年4月、ZOZOマリンの場内アナウンサー谷保さん
20年4月、ZOZOマリンの場内アナウンサー谷保さん