夏の甲子園も終わり、アマ野球界は再び大学野球がにぎわう秋が近づく。メディア露出が減る夏、大学野球の選手たちはどう過ごしているのだろうか。東京6大学野球リーグでプレーする大学4年生3人に8月、会いに行った。第2回は春季リーグの主役の1人になった慶大・清原正吾内野手(4年=慶応)のもとへ。
あいさつを交わすなり、清原は「めっっっちゃ日焼けしてますね」と白い歯を見せてきた。いや、高校野球取材が続いてまして…。
7月の終わり、清原は意外とコンガリしていない。「そこは対策してるので」とさすが。8月の旭川キャンプへ向け、本格的に加速しつつある時期だった。
プロ通算525本塁打を誇る清原和博氏(57)の長男…と何度も枕ことばを記事に付けた。春季リーグ戦で清原は慶大の4番打者として堂々座った。フェンス直撃打も何本か打ち、ベストナインにも選出された。中高6年間、野球から離れていたのに。
そんな見事な若者の夏。試験期間を終えて、肉体改造やインサイドアウトのスイングを進めつつ、食堂でテレビを眺めれば高校野球中継が流れている。ネット配信も見る。
「ちょくちょく見ますね。岐阜高校に何人かで野球指導に行かせていただいて、負けちゃったんですけど、毎試合熱い勝負を繰り広げてましたし」
高校時代はアメリカンフットボールに夢中だった。高校野球をやってみたかった-。そんなふうに思うことはあるのだろうか。
「自分がずっと野球やり続けてたらどうなったんだろう、って思うことはあります。でも中高で野球やってなかったからこそ変なクセがついてなくて吸収が早かったって父親にも言われます。どっちの道でも(今のレベルは)一緒くらいじゃないですか」
夏の高校野球神奈川大会取材で「大学ではアメフトやります」と明かしてくれた、ある強豪校の3年生がいた。清原に伝えてみた。
「いやもう、絶対行けると思いますよ。素直に聞き入れること、モノマネからやってみること、あとは追究心ですかね。1日1日文句ないだろっていうところまで練習できれば、誰でもうまくなれると思いますよ。覚悟して決断した子には本当に頑張ってほしいです。応援したいですね」
家族がバラバラになりかけて、再び絆が強くなって、自身もマルチスポーツに取り組んできたこの中、高、大の10年間。周囲は皆、秋のリーグ戦でどれだけ活躍するのかと、それ以上に清原正吾の卒業後の進路に注目している。プロ野球志望も選択肢に入っているものの「単願」かどうかは最終確定していない。
「みんなに聞かれるんですよ。どうするの? って。でもほんとにまだ、決めてないんです。慎重に決めたいです。何より、まずは秋のリーグ戦で優勝するのが一番です」
参考までに少年時代の夢を「野球選手以外で」という条件付きで尋ねた。
「いや、ほんといろいろありましたよ。お母さんがモデルだったんで、現場に一緒に行ったら芸能の人たちってすごいなと憧れましたし。アーティストの方々もそうですし、映画監督ってかっこいいな~って思ったり。本当にいろいろな人たちに憧れてましたね」
最後の最後まで自分の道を突き詰める清原に対し、周囲の大学4年生部員はほとんどが進路を決めたという。その中には、清原が「あれ、自分も実は興味あったんですよ」という個性的な夏を過ごす仲間もいる。清原とともに合宿所の応接室を出ると、その彼が立っていた。「次、取材?」と言葉を交わす。初対面。清原よりひとまわり体が小さく、律義そうな青年だった。【金子真仁】(つづく)
◆清原正吾(きよはら・しょうご)2002年(平14)8月23日生まれ、東京都出身。慶応普通部(中学)ではバレーボールを、慶応高(神奈川)時代はアメリカンフットボールをプレーし、硬式野球は大学から始めた。春季リーグでは一塁以外に二塁、外野での出場も。186センチ、90キロ。右投げ右打ち。






