ミスタープロ野球、長嶋茂雄さんが89歳で亡くなって1年。美食家の長嶋さんが愛した逸品料理から、長嶋さんの記憶をたどります。二品目は東京・麻布十番の「中国飯店 富麗華」(以下富麗華)の「フカヒレの壺煮込みスープ」です。【取材・構成=沢田啓太郎】
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富麗華には私も何度かお邪魔したことがあった。長嶋さんはよくここで、記者との懇親会を開いていた。
「多い時には月に4、5回はいらしていました。大抵は3階の角の中国式庭園に面した部屋で、中庭を背に座っていらっしゃいました」
そう話すのは富麗華の統括支配人。
フカヒレの壺煮込みスープが運ばれてきた。白いふたを取ると、ふわっとしょうがのいい匂いが漂う。スープはほどよい濃さで、味わい深い。そして何と言ってもフカヒレの食感。歯、舌、口の中すべてが幸せに包まれる。
「日本で流通するフカヒレはほとんど気仙沼(宮城県)経由です。マグロ漁で網に引っかかるサメから取っています。種類としてはヨシキリザメが多いですね。中にはスペイン産というのもあります」
富麗華では、仕入れたフカヒレを何度も蒸して余分な脂肪分を落としていくという。形が崩れず、きれいに仕上がったものを姿煮にする一方、どうしても形が砕けてしまうものもある。素材や味は変わらないので捨てるのももったいなく、壺煮込みにしたという。
「実はこれ、中国飯店の裏メニューだったんです。いつしか人気になって、富麗華がオープンした時にレギュラーメニューになりました」
長嶋さんはもともと、六本木や市ケ谷にある「中国飯店」の常連だった。「中国飯店」は政財界の大物や俳優高倉健ら芸能界のスターたちが足しげく通った有名店。そこで「裏メニュー」として長嶋さんも楽しんできたのがフカヒレの壺煮込みスープ。長い歴史があるのだ。
長嶋さんの言動で最も印象に残っていることは? という質問に、支配人はある結婚式の2次会を挙げた。
「とある方のご子息の結婚式2次会をこちらでやらせていただいたのですが、3階をご両親やご来賓の方々、2階を新郎新婦のご友人と分けて行いました。長嶋さんはもちろん3階にいらしたのですが、新郎新婦にあいさつに行くというので、私も一緒に2階に降りていったんです。ちょうどON対決(2000年)で日本一になられた直後でもあり、長嶋さんが登場すると若い人たちも大興奮で、収拾がつかない状況になりました。私が『3階に戻られますか?』と耳打ちすると、長嶋さんは『今日は結婚されたおふたりのお祝いですから僕はここにいます』とおっしゃられて。ご自分の立場をわきまえられ、笑顔で写真撮影やサインに応じられているお姿に、プロフェッショナルの神髄を教えていただきました」
富麗華も長嶋さんの来店時には居心地の良い雰囲気づくりに心を砕いた。2004年に脳梗塞(こうそく)で倒れ、右手が不自由になった長嶋さんのために、一口サイズのレンゲを用意した。料理を小分けにしてレンゲに乗せ、食べる分だけレンゲを並べる。そうすれば長嶋さんは左手で自分のペースで食事できる。いちいち誰かに分けてもらっては長嶋さんに気を遣わせてしまうし、長嶋さんの美学に反するのでは、という気遣いからだった。
「華があるし、とても気遣いのできる方でした。上海ガニもお好きで、シーズンにはよくいらしたのですが、個室に向かう途中に『カニ、おいしいですか?』と自ら声をかけられるんです。するとお客さまはびっくり、そして満面の笑みに。長嶋さんが皆さまから愛されるゆえんだと思います」
コロナ禍以降は来店回数も減ってはいたが、「フカヒレ愛」は不変だった。富麗華では、亡くなる直前まで長嶋さんに壺煮込みスープを届け続けたという。
「長嶋さんは私たちスタッフ1人1人に『ごちそうさま』と声をかけられてお帰りになります。長嶋さんをはじめ、各界の名のある方々の生きざまに触れてこられたのが我々スタッフの財産です」
長嶋さんは富麗華のすべてを愛していたのだろう。壺煮込みスープを最後の一片まで口に運び、私は確信した。(つづく)
(つづく)
◆富麗華 伝統の上海料理と洗練された広東料理の融合が売り。創業50年の歴史を持つ中国飯店の姉妹店として、2000年(平12)にオープンした。住所は東京都港区東麻布3の7の5。最寄り駅は東京メトロ南北線と都営大江戸線の麻布十番。営業は午前11時半~午後3時、同5時~同10時。電話番号は03・5561・7788。




