全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える2018年夏までの長期連載「野球の国から 高校野球編」。元球児の高校時代に迫る「追憶シリーズ」の第13弾は、嶋清一さんの登場です。嶋さんは海草中(和歌山)5年生だった1939年(昭14)夏に5試合連続完封。しかも、準決勝と決勝で2試合連続ノーヒットノーランを達成しました。しかし彼の人生は、悲しくも戦争に振り回されました。24歳の若さで戦死した伝説の名投手を、9回の連載でお届けします。


海草中時代の嶋清一氏
海草中時代の嶋清一氏

 両のこぶしを握りしめ、笑顔で仲間に振り返った優勝投手を、夏の日差しが照らしていた。1998年第80回大会決勝。横浜(神奈川)のエース松坂大輔(現ソフトバンク)が、京都成章戦でノーヒットノーランを達成した。

 翌日8月23日付の日刊スポーツは松坂の偉業を「『平成の怪物』は、最後まで怪物だった」の書き出しで伝えている。夏の決勝では59年ぶりとなる大記録だった。

 9回表2死一塁。松坂が最後の打者、田中勇吾をスライダーで空振り三振に取ったとき、和歌山・那智勝浦町の自宅で身を震わせた人がいた。

 新宮(和歌山)の元野球部監督、古角俊郎だった。涙を流しながら「ありがとうなあ…。松坂君…」と声をもらしていた。59年前の夏の甲子園で、古角は中堅の守備位置から盟友が同じ快投を演じるのを見ていた。半世紀以上の時を経て、再び登場した決勝ノーヒッター。海草中・嶋清一以来の大記録だった。

 松坂から半世紀以上前に快挙を達成した伝説の名投手、嶋清一が、この追憶シリーズ第13弾の主役である。

 それは1939年夏の甲子園だった。嶋は他の追随を許さない快投を連発。その道のりを記してみる。

 ▽1回戦 8月14日の嘉義中(台湾)戦で3安打完封。

 ▽2回戦 中2日で迎えた。同17日の京都商戦で2安打完封。

 ▽準々決勝 2日連続登板となっても球威は衰えなかった。翌18日の米子中(鳥取)戦で3安打完封。

 ▽準決勝 19日の島田商(静岡)戦では得点どころか安打も許さず、無安打無得点試合。

 ▽決勝 20日の下関商(山口)戦でもノーヒットノーランを達成した。

 全5試合で失点0、被安打はわずか8本。圧倒的な投球で悲願の初優勝を成し遂げた。

 古角の長男俊行は、13年1月に他界した父俊郎から嶋の勇姿を伝え聞いている。海草中、明大を通じ、古角俊郎と嶋はチームメートだった。

 古角俊行 頭のいい方で、寡黙で一生懸命。それに素晴らしい身体能力を持った方。100メートル走で11秒を切るかどうかくらいの記録やハイジャンプを170センチくらい跳ぶとか、とんでもない身体能力の人だった。

 07年に出版された嶋の評伝「嶋清一 戦火に散った伝説の左腕」の著者、山本暢俊は、和歌山中時代に嶋と対戦した西本幸雄(阪急、近鉄の元監督)から嶋の投球スタイルを聞いた1人だ。

 山本 左足1本足で立って、足を高く蹴り上げた状態でバランスが取れてるというのはなかなかありえないやろう、と。けど彼しかできない。1球か2球投げてるの見たら、もう(体の)隅々まで運動神経がいき渡ってて、ピッと音がするんや、投げたときに。で、ボールが見えへん。とにかく見えなかった、という話をよくされてました。

 執筆にあたり、山本は古角俊郎にも何度も会った。古角から聞いた嶋のイメージは、55年から66年にかけて活躍し、メジャー最高の左腕とうたわれたドジャースのサンディ・コーファックスだった。

 山本 今でいえばランディ・ジョンソン(元マリナーズ)に近い球筋やと言われていました。

 スピードガンのない時代だったが、古角俊郎の記憶をたどれば、嶋の直球の球速は常時155キロ以上。さらに空中でいったん止まり、そこから垂直に落ちてくるように見える「懸河のドロップ」と言われた変化球があった。不世出の大投手を、98年夏に横浜・松坂が決勝の快投で球史によみがえらせた。古角の涙は、感謝の涙だった。(敬称略=つづく)

【堀まどか】


 ◆嶋清一(しま・せいいち)1920年(大9)12月15日、和歌山市生まれ。雄(おの)尋常小学校、和歌山高等小学校を経て、35年に海草中入学。同年夏の第21回全国中等学校優勝野球大会初戦・松山商戦に8番一塁で出場。翌年から本格的に投手に転向。最終学年の5年の39年夏の甲子園で、準決勝と決勝で2試合連続無安打無得点試合を達成し、初優勝。40年に明大入学。43年に戦時学徒体育訓練要項で6大学野球連盟は解散。同年11月に結婚し、翌12月に学徒出陣で海軍・大竹海兵団へ。その後横須賀の通信隊、紀伊防備隊を経て44年12月に第84号海防艦に乗船。45年3月29日、シンガポールから門司への輸送船団を護衛中、ベトナム・カムラン湾沖で米軍の魚雷攻撃に遭い、24歳で戦死した。

(2017年8月12日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)