2013年、秋季北海道大会札幌地区予選で珍事が起こった。恵庭北-石狩南の1回戦が、ハチの大群飛来で中止。前代未聞のハプニングだった。

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異変は前触れもなくやってきた。「何か黒くねえ?」「何ですかね?」。大会本部横の審判席で審判団と会話していた試合責任者の坪岡英明(現北海学園札幌部長)は、窓越しにマウンド後方の“物体”に気づいた。「つむじ風のように見えて、ノックを受けている子どもたちが、何かに包まれているような感じだった」と振り返る。

9月10日。札幌市の閑静な住宅街にある札幌麻生球場で騒動が起きた。秋季北海道大会札幌地区1回戦、恵庭北-石狩南戦の試合開始前だった。第3試合で、恵庭北ナインがシートノックを受けていた。ノックを打つ監督の中川暁も、選手が手で何かを払うしぐさに異常を感じていた。

中川 ノックの最中、ショートの辺りに何かが飛んでいるなと気づいた。肉眼で分かるほど、空の色が変わったなと。まさかハチだとは思っていなかった。

2年生の遊撃手だった遠藤京佑(現北海学園大4年)は最も影響を受けた。「最初は1、2匹だったけど、1分もしないうちにハチだらけ。『ブーン』と嫌な音が聞こえ、ミツバチだとは分かったけどハチには変わりないし。虫が一番怖いので、地獄でした」。シートノックは最後まで行ったが、グラウンドの選手たちは「やばいやばい」とベンチに引き揚げた。関係者によると西洋ミツバチが推定5000匹。騒然となった。

当初、午後1時45分の試合開始予定だったが、ハチの飛び去り待ちが続いた。2時8分、坪岡が2時30分開始に遅らせる異例の場内アナウンスを行っている。大会運営側の誤算はその後も続く。体長1・5~2センチほどのハチの大群は飛び交いながら徐々にバックネット側に移動し「(飛んで)抜けていってくれるだろう」という坪岡の読みは外れた。バックネットに複数の固まりをつくり始めた。

本塁の真後ろ付近にできたハチの固まりはみるみる大きくなった。大きい部分で直径50センチ以上。地上から2メートルほどの高さにあり、ファウルボールが直撃した場合を考えると、試合開始はできなかった。坪岡は関係者と携帯電話で協議し、安全面、駆除の作業時間などを考慮し、2時43分に中止を決定した。

駆除にかけつけた日本衛生(本社札幌市)の山本秀雄は厚手のゴム手袋をつけ、殺虫剤の噴霧器などを使ってハチの除去・回収作業を行った。看板や道路のフェンスでの作業例はあるが、25年勤務してスポーツ会場でのミツバチ駆除はこの1回だけだという。

山本 一般的に1つの巣に新しい女王が生まれると、古い女王蜂が仲間を連れて出て行き、新しい巣を作ることを分封(ぶんぽう)というが、夏くらいまで。時期を考えると、何らかの理由で巣にいられなくなって、逃げ去り、移動してきたと推察できる。たまたま球場に来たのでは。攻撃性はないが、刺されてアナフィラキシーショックを起こす人もいるので、回収後も状況の確認が必要だった。

98年夏の甲子園1回戦、岡山城東-駒大岩見沢(南北海道)で観客席にミツバチ飛来の騒動はあったが、試合は滞りなく行われた。ミツバチでの中止は全国的にも極めてまれで、澄み渡る秋空の下、事情を認識できていなかった観客から「早く始めろよ~」の声もかかった。幸いけが人はなく、坪岡は「こんなことはありえへん大賞」と苦笑いで回顧する珍事だった。翌日に順延された試合は石狩南が5-0の勝利。敗れた恵庭北の残塁は「8」だった。(敬称略)

【村上秀明】

(2018年4月10日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)