6月5日、月曜日。雨天中止の予備日となったロッテ戦。練習開始前に甲子園で、岡田彰布と話した。前の日、何とか佐々木朗希を攻略しただけに、岡田はご機嫌だった。

「あっ、そうそう。こんな話をミエちゃんとしたんよ」。岡田がほっこりした話題を語り始めた。それは6月3日、延長で小幡がサヨナラ打を決めた試合。小幡の前に無死満塁で代打に出たのがミエセスだった。しかし、何を狙っていたのか、まったく不可解なスイングなしの見逃し三振。うなだれてミエセスはベンチに戻るしかなかった。

翌日、通訳を介して岡田はミエセスに聞いた。「なんで振らなかったんや?」。するとミエセスは真顔で、こう訴えた。「あんな緊張する場面で打席に立ったことがない。だから体が固まったようになった」。岡田はゲラゲラと笑った。「ホンマかいな。緊張して振れんかったんか…」。ミエちゃんを見る顔はやさしさにあふれていた。

「それを聞いた時、改めて思ったんよ。これまでちゃんとした野球を教えてもらったことがないわけよ。だから日本で勉強すればいい。それを教えていく。そうしたら、ミエちゃんはうまくなるよ」

昨年末、外国人野手2人の入団が決まった。ノイジーはいち早く3番候補に決めた。もうひとり、ミエセスは? に岡田はこう言っている。「日本でいうとテスト生、育成選手といった感じやな。実際に見て、力があれば使っていくけど、まずは育成という選手やないか」。化けてくれればもうけもの。それくらいの評価、感触だった。

だが、直に会い、岡田は感じた。誰にでも親しまれる人柄。練習に対する取り組みもいい。何よりかわいい。「外野の守備だって無難にこなすし、当たれば遠くに飛んでいくのもわかった。すぐにとはいかないけど、いずれ日本で大化けするとオレは見ている」。

ここまでは化けるところまではいっていない。それでも6月7日の楽天戦。久しぶりの先発出場でホームランを放った。先の代打での緊張感もあって、岡田は次に出す時は先発からと決めていた。これがズバリ的中した。

ミエセスを見ていると、バルちゃんを思い出す。2008年、岡田の阪神での最後の監督時、入団してきたのがバルディリスだった。チーム内では「ヒロシ」と呼ばれていた。彼も育成に重点を置いた選手だった。そこで岡田は身体能力の高さに驚いた。「バルはすごいよ。経験を積めば、レギュラーになれる。その能力は十分にある」と、岡田はバルディリスを重用した。

その年で監督を辞め、2010年からオリックスの監督に就任。それと同時にバルディリスを獲得している。岡田の読み通り、バルディリスは確かな成長曲線を描き、2010年からレギュラーとして活躍した。その後、DeNAに移籍してからもレギュラーを張り、バルディリスは「岡田さんには感謝しかない」という思いをいつも口にしていた。

「日本球界も変わる時を迎えている。外国人選手といっても、30本も40本も打てるバッターは、なかなか取れないよ。それなら日本で育てる。日本で教えて、そんな大砲に育てるのも方法のひとつよ。そういう時代になっていると思うわ」。かつてのバルディリスと同様の可能性を、岡田はミエセスに感じている。

先日、ノイジーにはかなり厳しく叱責(しっせき)し、怒りを爆発させた。案の定、先発からノイジーを外した。こういう厳しさが岡田にはある。外国人選手だからといって、遠慮することはない。ただし、裏ではやさしさも示す。ノイジーに考え方に変化が表れれば、それを受け入れ、また先発から起用する用意はある。

ミエセスには、彼の持つ特長を考慮し、働ける環境で起用することを決めた。外国人選手との付き合い方を熟知している。そんな岡田が今後、ノイジー、ミエセスをどう扱っていくか。これは楽しみでしかない。【内匠宏幸】

(敬称略)

楽天対阪神 7回表阪神2死、中越えソロ本塁打で生還するミエセス(右)をピースで迎える岡田監督(2023年6月7日撮影)
楽天対阪神 7回表阪神2死、中越えソロ本塁打で生還するミエセス(右)をピースで迎える岡田監督(2023年6月7日撮影)