不振を極めていたキープレーヤーが結果を出した。近本、ノイジー、ミエセス、佐藤輝…。6月14日のオリックス戦(甲子園)。試合後の監督会見は久しぶりに軽やかだった。
注目したのが今後の展望に話が移った時。トラ番が「これで5、6番が固まっていく?」と質問した。すると岡田彰布は首を振った。「そんなん、決まらんやろ。まだまだ使いたい選手、使わないとアカン選手がいるわけやから」と発言していた。
その時点で岡田の頭と気持ちは24時間後に切り替わっていた。15日のオリックスの先発予告は右腕の山岡。変化球の鋭い好投手だが、ミエセスには分の悪い投手のタイプ。それを前提に「使わなアカン」選手となれば、そう、前川右京ということになる。
とにかく計算が早い。記憶力もすごい。学生時代のことはほとんど覚えている。金の計算もビックリする。昔は大人数に食事に行けば割り勘。ひとりいくら、となるのだが、岡田は誰よりも早く計算して、金額を決めていた。
とにかく、この切り替えと計算、そして記憶力が岡田の監督としての大きな武器。これを書いているのが試合前だから、確約はできないけど、岡田の頭には15日のゲーム。「右翼前川」がインプットされているはずである。
ここ数年、評論家時代に何度もため息をついていたのが、阪神にどうして高卒選手が育たないか…問題だった。かつては藤田平、掛布雅之と球界を代表する高卒選手がいたのに、以来、ピタリと流れは止まった。岡田が2軍監督時代に育てた関本、浜中、桜井らは1軍の主力にはなったけど、チームを背負うところまでには届かなかった。
「なんでやろな? これが不思議なんよな」と常に疑問に思っていた育成問題。それが2度目の監督就任にあたり、大きく育てなければ…と思わせる選手が出現した。それが前川右京となる。
今年、井上を1軍に上げ、何度か先発で起用したが、やはり壁は厚かった。これで高卒若手の育成プランはひとまず棚上げと思われたが、第2弾があった。「みんな、言うやろ。何がいいかって。振れる、バットを振れるって。抽象的やけど、この振れるというのはバッターにとって大きな要素なんよな。バットを振らないと、何も起きない。ただ当てにいくように振るのではなく、自分のタイミングで、強く振れる。それを前川は持っている」。
以前、岡田は前川のよさをこう説明していたが、間違いなく「この選手、絶対に大きく育てるべき」と頭に刻んだ。
「新戦力」と呼べる選手は年にそうそう出るものではない。それが今シーズンの阪神。大竹、村上ら投手陣には現れたが、攻撃陣では井上の離陸が失敗した以降、登場していない。それだけに大きな可能性を秘めた前川を、岡田がどう起用し、どんな選手に育てるのか。これは今後のタイガースの育成方針にも関わってくることになる。
目標は高く。岡田は高卒、左バッターということで、掛布のことを描いている。早稲田からドラフト1位で阪神に入団した直後の自主トレ。掛布の姿を見て、「こんな選手がいるのか。さすがに三塁は無理と悟った」。それほどの衝撃を受けた存在だった。練習のすさまじさを間近で見てきたし、ホームラン王になった時の強烈なバッティングは、目に焼き付いている。
「そらカケさんはすごかったわ。強い練習を続けても、体は平気やったし、あれは練習で培われた強さやった」。かつては掛布派、岡田派とされた両雄だったけど、互いに認めるところは認めていた。
掛布の歩みと比べるのは、おこがましいが、前川は可能性を秘めているのは確か。長い歳月をかけ、監督になった岡田が、かつてのライバル、掛布のような選手に育ってほしいと願うわけだ。まだまだ、その道は始まったばかりだが、ここにはロマンの香りがする。【内匠宏幸】(敬称略)




