大いに盛り上がった日本シリーズだった。関西ダービーは予想通り、力が拮抗(きっこう)し、第7戦までもつれ込む激闘になった。

互いに引かぬ2人の監督。岡田彰布と中嶋聡はベンチの中から火花を散らせていた。最も顕著に表れたのが11月1日、甲子園での第4戦だった。ゲームが始まる前。阪神からすれば1勝2敗で、絶対に五分に戻したい試合で、オリックスはここで一気に王手をかけたい一戦。ギリギリの戦いは、しびれる展開になった。

岡田はあらゆる手を打った。リードしながら、同点にされると、ここぞの場面で湯浅を投入。甲子園は絶叫に包まれ、その中で湯浅はたった1球で、ゲームの流れを阪神に傾けた。

中嶋も究極の手を打つ。9回裏、サヨナラのピンチを招くと、4番大山の前で、2者連続の申告敬遠。この作戦には賛否はあるだろうが、勝負師・中嶋のすごみがそこにあった。結果は実らなかったけど、実に見応えのある駆け引き勝負だった。

そんな中、すっかり忘れられたシーンがある。岡田と佐藤輝がからんだ場面だ。それは阪神2点リードで迎えた7回表だった。この回、先頭の広岡の当たりは平凡な三塁ゴロ。これを佐藤輝が処理できずに、エラーでピンチをつくった。そのあと、桐敷が同点にされ、石井への継投になった時、佐藤輝を岡田はベンチに下げたのだ。

糸原を三塁に入れた。ゲーム途中での佐藤輝の交代。すぐに、こんな声が起きた。「懲罰交代!」。岡田、怒りの交代劇だったのか。

日本シリーズの余韻が残る数日前。直に岡田に聞いてみた。「佐藤輝を引っ込めたのは、怒りの表現?」。岡田はしばらく考えていた。そして例の「おーん」を発したあと、笑いながら「ああして交代させたら、怒りの…とか、懲罰とか、言われるやろうとは思ってたわ」。実際、頭にきていた。でも、そこは冷静になって、あとの展開を考えた。「あの回から、細かな継投に入るわけよ。DH制やないから、投手の打順をどこにするか。最適な方法を考えた時、佐藤輝を交代させて、糸原が次の回に打席に入れるようにて…。それが、あの交代の理由よ。懲罰? そんなん、ないない」。岡田はよどみなく答えている。

まあ、それはわかったけど、やはり佐藤輝の扱いには苦慮するところが多くあるだろう。それを如実に示す光景が、高知・安芸で行われている秋季キャンプで見られた。スポーツ新聞でまず大きく扱われたのが小野寺のこと。岡田がマンツーマンで長時間、小野寺にバッティング指導したという。さらに小野寺にはサードの守備練習をさせ「オールマイティーの選手は必要やから」と、何とも意味深なコメントを発している。

これで終わりではない。次は渡辺諒だった。岡田が付きっきりで、渡辺諒にサードの守備練習を教えたのだ。佐藤輝が侍ジャパンに参加している中、安芸ではサードのポジションをめぐり、動きが激化している。

「危機管理の監督」「準備する監督」。岡田は、これらのことを非常に大切にする。アクシデントが起きても、慌てず騒がず、準備していたものを繰り出す。あのシリーズ4戦目の佐藤輝のエラーから、阪神の内野陣は動き出した。佐藤輝は安泰ではない。それを本人がどう感じているか、だろう。【内匠宏幸】(敬称略)

阪神対オリックス 7回表オリックス1死一、二塁、球審に交代を告げベンチへ戻る岡田監督(2023年11月1日撮影)
阪神対オリックス 7回表オリックス1死一、二塁、球審に交代を告げベンチへ戻る岡田監督(2023年11月1日撮影)
渡辺諒の特守を見る岡田監督(2023年11月12日撮影)
渡辺諒の特守を見る岡田監督(2023年11月12日撮影)