中日対阪神 中日に勝利しハイタッチして喜ぶ木浪(右)、藤川(中央)ら阪神ナイン(撮影・上田博志)
中日対阪神 中日に勝利しハイタッチして喜ぶ木浪(右)、藤川(中央)ら阪神ナイン(撮影・上田博志)

猛攻の5回。マルテが本塁にヘッドスライディグを決めたとき、指揮官・矢野燿大は笑っていた。「矢野ガッツ」と呼ばれるポーズを取るのも忘れて。

最近はそのポーズを取る機会も減った。借金生活に表情も険しくなり、笑顔もなかなか出ない。しかし、こちらは正直、そちらに慣れている。若い虎党は知らないかもしれないが現役時代、矢野はほとんど笑わなかった。例外を除いて。

例外とはサヨナラ勝利のときだ。阪神がサヨナラ勝ちを収めたとき、矢野は真っ先にベンチを飛び出し、笑顔を爆発させるのが常だった。数年前、矢野からこんな話を聞いた。

「サヨナラのときは一番に出ていこうと決めていました。捕手は試合中、喜べない。常に落ち着きが大事、感情を表に出すのはよくないと教わってきたんで。ゲームセットまで何が起こるか分からないから。だからサヨナラの瞬間は解放されるというか、唯一、喜べる瞬間だったんです」

その習性は“あのとき”も同じだった。闘将・星野仙一で勝った03年の優勝シーンは異例の光景だった。9月15日。デーゲームで広島戦に勝利していた阪神ナインはファンとともに横浜-ヤクルト戦を甲子園のビジョンで観戦していた。

マジック対象のヤクルトが負けた瞬間、ベンチから選手たちがマウンド付近に飛び出した。マウンドには誰もいないのだが全員が争うように突進。その先頭に矢野の姿があった。そのときも大笑いしていた。

監督になった今は逆に普段から感情を出すように努めている。「矢野ガッツ」も意識してやっている。若手選手を萎縮させないようにしながらその感情を引き出し、元気を出させるのが狙いだろう。おかしな言い方かもしれないが、好きでやっているのではない。

その「矢野ガッツ」がナゴヤドームではほとんど出ない。矢野にとっての古巣・中日戦は苦労続きだ。それでも、この日の逆転勝利は気持ちよかったはずだ。

「誰かを喜ばせる」。矢野野球の1つの指針だ。「誰か」とはまずファンなのは間違いない。だけど選手にはこう言いたい。「もっと矢野を喜ばせてみよ」。

マルテのスライディングはいい感じだったし、久しぶりの木浪聖也の仕事もよかった。こういう活躍を選手が続けていけばファンも、そして矢野も喜ぶ。残り33試合もこういう感じでお願いしたい。(敬称略)

中日対阪神 5回表阪神2死二、三塁、大山の中前2点適時打で生還したマルテ(左)を笑顔で迎える矢野監督(撮影・前岡正明)
中日対阪神 5回表阪神2死二、三塁、大山の中前2点適時打で生還したマルテ(左)を笑顔で迎える矢野監督(撮影・前岡正明)