古豪復活へ白星発進だ。第98回全国高校野球選手権(8月7日開幕、甲子園)神奈川大会で、横浜商が南に4-3で競り勝ち、初戦突破を果たした。9回2死から代打の切り札、八幡剛内野手(2年)がチャンスメークし、代走の切り札、野口拓真内野手(3年)が生還した。一芸に秀でたスペシャリストが、ここぞの場面で期待に応えてみせた。

 同点で迎えた9回、2死走者なしで横浜商・八幡の出番はきた。2番の代打。外角直球をフルスイングで中前へたたいた。「出塁するまでが仕事です。僕は足が速くないので」。体重85キロ、50メートル走6秒9の2年生に代わり、一塁に立ったのは63キロ、6秒3の3年生。榎屋剛監督(55)が「野口が出ると点が入る」と信頼する代走職人は、後続の適時打でシナリオ通りに勝ち越しのホームを踏んだ。

 5月、指揮官は八幡に告げた。「スイングは多少荒いが1発がある。これからは勝負どころで使うから」。代打本塁打も打ったことのある思い切りの良さを買った。同じころ、それまでベンチに1度しか入ったことのない野口も、足を買われてメンバー入りした。

 スペシャリスト集団。それが古豪復活への近道だ。「Y校」の愛称で親しまれ、83年には甲子園で春夏準優勝を果たした。だが夏の聖地は、90年を最後に遠ざかる。「私立みたいに3拍子そろった選手はいない。でも何か1つあればいい」。打つだけ、走るだけ、コーチとして腕を回すだけだっていい。14年4月に「スポーツマネジメント科」が新設され、部員は現在127人。大所帯を適材適所で伸ばしている。

 勝利を呼ぶ男、野口は笑う。「僕は足に一番自信があった。それを監督さんが分かってくれていた。期待に応えたいと思いました」。俊足の代走が出れば、相手バッテリーは盗塁を警戒する。変化球が減る。そこで直球を仕留める。決勝の右中間三塁打を放った3番大通広志内野手(3年)は「真っすぐが真ん中に来た。野口が出たから、来ると思ってました」と確信していた。練習試合から続く、勝ちパターンだった。

 1点差の接戦をものにし、難しい1回戦を突破した。4回以降はなかなか本塁が遠かったが、榎屋監督は「最後はY校の意地だと思います」と言った。昨夏は16強まで勝ち進んだ。Y校はもっと、上を目指せる。【鎌田良美】

 ◆横浜商の甲子園 甲子園には春9度、夏7度出場。1923年夏(当時は甲子園ではなく鳴尾球場)、神奈川県勢で春夏を通じて最初の全国大会出場校となった。71年に古屋文雄監督が就任して復活。79年夏にジャンボ宮城こと宮城弘明投手(元ヤクルト)で4強。エース三浦将明(元中日)や強打者の荒井幸雄(元横浜)高井直継らを擁した82年春は4強、三浦が3年生の83年は春夏連続準優勝。83年春決勝は水野雄仁の池田に0-3、夏の決勝は桑田真澄、清原和博が1年生旋風を巻き起こしたPL学園に0-3で敗れた。最近は春が97年、夏は90年を最後に遠ざかっている。