智弁学園の16年センバツ優勝時の主将で、ホンダ鈴鹿に所属する岡沢智基捕手(23)が、「智弁対決」に敗れて準優勝となった後輩たちへ温かい言葉を贈った。チームグラウンドでNTT西日本との練習試合を行い、甲子園の試合終盤になんとかテレビ中継に間に合った。

「決勝に行ってくれたのでうれしいですけど、やっぱりOBとしては悔しいですね。3年生はここで1つの節目。お疲れさまです。新チームの子たちは智弁和歌山に負けたことを胸に頑張ってほしいです」

史上初の夏の決勝での兄弟校対決。自身も高校時代、智弁和歌山に対して特別な思いがあった。

「遠征に行く途中、高速道路のインターとかで言われたんです。『智弁和歌山頑張れよ!』って。ジャージーに智弁の刺しゅうが入っていたので、それを見た人に言われました。世間からしたら智弁といえば和歌山のイメージが強いんだなって。悔しかったですよね。当時は見返してやると思ってやっていました」

智弁学園で学んだことは野球だけではない。小坂将商監督(44)からは「人間教育」を徹底された。

「あいさつ、礼儀、上下関係…。学校があっての、親があっての自分たちなんだぞ、と。智弁学園で野球をすれば社会で活躍できると思います。僕は特に捕手だったので、学ぶことも多かったです」

日頃は厳しい指導を受けていたが、甲子園での大会期間中は“小坂マジック”が発動していたという。

「大会が始まると普段の厳しさからは一転、伸び伸びと野球をやらせていただきました。『この人のために頑張ろう』『監督さんのために』と思ってみんなプレーしていたと思います」

阪神村上頌樹投手(23)を擁し16年にセンバツ優勝。当時の智弁学園と今夏の智弁学園、どちらが強いかと問われると、先輩の意地も込めて言った。

「今年は投手が複数いますもんね。自分たちは頌樹だけだったので。前川君を中心に打撃もいい。でも、負ける気はしないですね!」

この負けを糧にさらに大きくなってくれ-。離れていても心には“智弁魂”を宿し、後輩の活躍の願っている。【中野椋】