近江の勇気あるフェアプレーに、甲子園の観衆から拍手が沸いた。

0-2と追い詰められた9回表の攻撃。1点を返したあと2死二塁となり、西川朔太郎外野手(3年)はカウント1-1からの3球目を左ひじに当てた。

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西川は「よけられる球だった」の意を球審に示し、死球をアピールせず。互いに笑顔でうなずいて「ボール」になった。出塁すれば逆転の走者となり、凡退なら試合終了という大事な打席だった。

西川は結局、四球を選んだ。いずれにしろ出塁できたとはいえ、劣勢の9回2死からの勇気ある判断だった。

その後に大橋大翔(だいと)捕手(3年)の右前打が出て、近江はがけっぷちで追いつき、延長戦に持ち込んだ。延長13回、タイブレークの末に勝利した。

同じように死球を辞退したケースで有名なのは、19年夏の花咲徳栄(埼玉)と明石商(兵庫)の2回戦だ。1点を追う花咲徳栄は、7回に菅原謙伸捕手(当時3年)が死球を辞退。その直後に同点アーチを放ち「野球の神様がほほえんだ」と称賛された。敗れはしたが、最後の夏に公式戦初本塁打を放った菅原は「人生で1番いい当たりだった」と、笑顔で甲子園をあとにした。