新年度から新天地でスタートを切る北海道関連のアスリートや著名人を「カムカムスプリング」と題し紹介する。

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甲子園で得た糧を新たな舞台で生かす。昨夏の高校野球北北海道大会で帯広農を39年ぶりの優勝に導いた前田康晴前監督(46)が今春から酪農学園大とわの森三愛に転職し2日、野球部副部長として指導を開始した。19年秋の全道大会では4強に導き、20年センバツの21世紀枠選出に尽力。20年の甲子園交流試合、21年夏と、公立校を2年連続で聖地に導いた手腕を発揮し、北海OBで“マー君世代”の木村浩輔監督(33)とともに、激戦区札幌地区に新風を吹かせる。

前田副部長はゆっくり、穏やかに話しだした。この日が選手との初対面。雪残るグラウンドに立つと「まだ僕のことを知らないと思う。でも、ひとこと言わせてください。全員が第104回選手権大会に行くんだ、甲子園に行くんだと。それだけを思って頑張ってほしい」。優しい口調で放たれた強いメッセージ。1、2年生53人は大きな返事とともに雪上を駆けだした。

就任3年目の木村監督と力を合わせ、聖地を目指す。同監督は北海時代、1度も甲子園に立てなかった。現楽天の田中将大と同学年で2年秋、3年春の全道、最後の夏の南北海道大会と、いずれも田中の駒大苫小牧が優勝。3年夏は南大会1回戦で北海道栄に敗れ、対戦することすらできなかった。「悔しい思いがあったからこそ今がある。前田先生とタッグを組んで1つ壁を越えられたら」と意気込んだ。

聖地での経験を糧にする。前田副部長は昨夏、最速157キロの好投手、風間球打(現ソフトバンク)率いるノースアジア大明桜(秋田)と甲子園で対戦し2-4で惜敗。1-1の3回1死二、三塁で3番佐伯柊主将が3ボールからの4球目、130キロ台の甘い直球を見逃した。3ボールの次は見逃すチームの徹底事項があった。佐伯は結局三振。4回に一時1点勝ち越すも5回に3点奪われ逆転された。「佐伯を打たせて3回にもう1点取れていたら。僕の責任。徹底させたことが裏目に出た。徹底力と状況判断が部訓にあったが状況判断できていなかった。反省を生かせたら」と新天地の指導に生かしていく。

同高は木村監督就任1年目に野球部が強化指定され、今年で3年目になる。同監督は「1つの節目。前田先生の『甲子園』という言葉が着火剤になってくれたら」。前田副部長は「目つきがいい。行動も徹底されて、体もしっかりしている」。強くなる素地はある。伝統の北海イズムと前田イズムの融合で、同高初の甲子園を目指す。【永野高輔】

◆前田康晴(まえだ・やすはる)1976年(昭51)2月13日、由仁町生まれ。岩見沢幌向小4年時に幌向タイガースで野球を始める。岩見沢豊中から大麻に進み、1年秋から遊撃手でベンチ入り、3年時は主将。98年に酪農学園大を卒業し、99年に帯広農に赴任。1年目は馬術部顧問で2年目から野球部第3顧問。04年に倶知安農に転任し同年10月から野球部監督。16年4月に帯広農に戻り、同年秋から野球部監督。21年夏の北北海道大会優勝に導き甲子園出場。今春から酪農学園大とわの森三愛野球部副部長。家族は妻と1男。

<9年ぶり全道大会を狙う>

チームは5月7日開幕の春季札幌地区予選で、まず13年春以来9年ぶりの道大会出場を狙う。昨秋は地区3回戦で難敵札幌光星を撃破も、代表決定戦で昨秋全道8強の立命館慶祥に4-5と惜敗し、全道切符を逃した。エース右腕の市戸優翔(ゆうと、3年)は兄優華さんがクラークの投手として16年夏の甲子園で登板。「秋に課題だった体力をつけ、春に備えたい。夏は甲子園に立って兄を超えたい」。昨秋、投手転向の小川豊生(3年)は「甲子園に出るために必要なことを前田先生に学びたい」と新体制での進化を期した。