アマチュア野球を担当して2年目に入ったが、昨年秋は取材校の市和歌山からロッテのドラフト1位で松川虎生(こう)捕手を送り出した。

べつに「頑張ってきてね」と背中を押したわけではなく、私が胸を張ることではまったくないが、佐々木朗希投手を完全試合に導き、感情的な球審を制し、開幕から1軍で活躍する姿を見て、なぜか誇らしい気持ちになる。親でもないのに。

1つだけ困ったことがある。松川の顔を見るたび、毎回のように思い出すのが学校の最寄り駅、JR阪和線の六十谷駅のトイレだ。昨年の夏、松川が本塁打を放った試合からの帰り際だった。夕暮れどき、制服姿の松川とトイレでばったりすれ違った。「ナイスホームラン!」。声を掛けると、満面の笑みを返してきた。愛想笑いではなく、本当にうれしそうだった。言葉は交わしていない。それだけだが人の良さがにじみ出ていた。

昨年のドラフト戦線は同校の小園健太投手(現DeNA)が1位の筆頭候補として騒がれ、松川も強打の捕手でプロ注目だったが、どちらかといえば小園がスポットライトを浴びていた。なぜ、ロッテは松川を1位指名したのか。関係者に尋ねた。意外な答えだった。「授業の合間の休み時間、松川は周りとすごくしゃべったりしていると聞いたんだ」。捕手は司令塔だ。社交的で、気遣いできる性格も買われたのだろう。ちょっとした素顔に触れた。

「プロ野球選手という感じがあまりない。身近な人です。つい最近まで、一緒に野球をした人なので」

市和歌山の1学年後輩でエースの米田天翼投手(3年)はそう話す。5月8日の春季和歌山大会の日高戦後、先輩との距離感を明かした。昨年はバッテリーを組んだ。「1回、周りを見ろ。守備を見ろ」。ピンチになると捕手の松川がマウンドに歩み寄り、言われた。米田は勝負に入り込みすぎる癖があった。1人ではない。全員で戦っている。「松川さんは周りがすごく見えて視野が広い」。3月のセンバツでは花巻東(岩手)の佐々木麟太郎内野手(2年)から2奪三振。勝利に導き、成長を示した。

松川から主将を受け継いだのは、松村祥吾捕手(3年)だ。「準備も一番早く出て、裏方仕事をしていました。ボール出しとか。部室で着替えて出るスピードも速かった」。リーダーの背中を見てきた。チームを束ねる立場になると、まだ在学中だった松川に「思ったことを言え」とアドバイスされた。「こうした方がいいと口に出していかないと、チームは変わらない」。心に留めてきた言葉だ。

センバツは8強に入ったが準々決勝で大阪桐蔭に0-17で大敗した。夏の甲子園を見据え、市和歌山ナインは先輩の教えも生かす。余談だが、私が毎回思い出すトイレの駅は「むそた」と読む。18歳なのに妙なベテラン感を出す高卒ルーキーの1年前に触れ、少しでもスッキリしてもらえれば、それはそれでうれしい。