<高校野球京都大会:桂22-1京都八幡・須知・京都教大付・大江(5回コールド)>◇15日◇2回戦◇太陽が丘球場
スコアボードの「1」には2年半の集大成が詰まっていた。0-5の2回、2死二塁で4校連合チームの大江・土永健嗣(たけし=3年)内野手に打席が回った。追い込まれた後の3球目、振り抜いた打球はしぶとく三遊間を抜け二塁走者が生還。背番号4は少し表情を緩め、盛り上がるベンチの仲間へガッツポーズを見せた。
土永は「(部を)やめようと思ったことは何回もあった。(転勤された)先生方の『1人でも頑張れよ』というアドバイスで最後まで頑張れた」と2年半を振り返った。
土永は、大江でたった1人の野球部員。入学時は9人以上が在籍していた同部だが、2年次からは1人になった。異動などで1年ごとに監督が替わる中、同校の先生たちと共に練習してきた。
3年時に指導した大江・神崎蓮監督(27)は「冬場の地道なトレーニングなどは1人ではしんどい。筋肉痛になりながら一緒にやりました」と二人三脚の日々を振り返った。
1人となった2年次、選んだポジションは中学時代から慣れ親しんだ二塁手だった。「菊池(涼)選手(広島)に憧れていた。自分も菊池選手みたいになりたいなと思っていた」。連合チームでは一塁を守ったが、こだわりを貫いた。
試合前日に神崎監督は土永について「(連合チームで)高校生同士の関わりが増えて表情が明るくなった」と話していた。
この日は適時打を含め2打数2安打。自らの打点に仲間からは「ナイスバッティング」「まだまだ打てる」と声をかけられ「(2打席目は)出てない人の分まで打とうと思った」と振り返った。
小学4年生から続けた大好きな野球をやり切り、今後は草野球などでのプレーを考える。背番号4には今、仲間がいる。【波部俊之介】

