今大会のダークホース、下関国際(山口)が今春センバツ準優勝校の近江(滋賀)を撃破し、初の決勝に駒を進めた。2番手で登板した仲井慎内野手(3年)が、8回2失点の好ロングリリーフ。打線も大会NO・1右腕の山田陽翔投手(3年)から5点を奪って攻略した。準々決勝では春の王者・大阪桐蔭に9回逆転勝ち。ノリノリの勢いに乗って、山口県勢64年ぶりの頂点へ一気に駆け上がる。

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8-2の9回2死走者なし。下関国際の仲井が、近江の4番山田を左飛に抑えた。仲井は天に指を突き上げた。左翼スタンドからは、割れんばかりの拍手が響いた。初の4強入りから初の決勝進出。右腕は「決勝戦に進めたのが一番うれしいです」。歴史を塗り替え、初優勝に王手をかけた。

仲井は異例の早さで救援に回った。1点リードの2回。先発古賀が2四球で無死一、二塁のピンチを作った。ここで坂原秀尚監督(45)が動く。「古賀はボールが高めに浮いていたし、今大会は立ち上がりがよくない。ビッグイニングを作られて、追う展開なら苦しいなと」。遊撃の仲井を投手に回し、プロ注目の最速147キロ左腕をベンチに下げる決断をした。

その仲井が後続を断って0封。「絶対に点をやらないということだけでした」。最終的に8回2失点の好リリーフで、勝利を呼び込んだ。エースを2回途中で交代させたのは「ないです。初めてです。本校はチャレンジャー。思いきって動くしかなかった」と、坂原監督は言う。必勝タクトが実を結んだ。

18日の準々決勝では、秋春の王者・大阪桐蔭に9回逆転で勝利した。前日19日の休養日。ナインは燃え尽きるどころか、さらに目をギラつかせた。仲井は「次に勝たないと意味がない。宿舎でもチームで言ってました」と明かす。坂原監督も、あえて言葉をかけなかった。「生徒の成長ぶりですよね。目つきが変わった。私が多くをしゃべる必要はなかったです」。勢いを加速させ、今春センバツ準優勝校の近江も撃破した。

間違いなく今大会のダークホース。「人に厳しく、自分にはもっと厳しく」をモットーに、苦難の時には「これ、練習でやってきたぞ」と声をかけあった。猛暑の中で足をつる選手もいない。仲井も緊急登板で8イニングを難なく投げ切った。あと1勝で夏の頂点に立てば1958年(昭33)の柳井以来、山口県勢64年ぶり2度目の快挙となる。下関国際の快進撃は、最終章を迎えた。【只松憲】

◆下関国際 1964年(昭39)に、下関電子工業高等学校として開校の私立校。下関高等学校を経て93年に現校名へ。普通科、電子機械科。生徒数は298人(女子52人)。野球部は65年創部で部員72人。甲子園は春2度、夏は今回で3度出場、18年8強。主な卒業生は宮崎敦次(元ロッテ)ら。所在地は下関市大字伊倉字四方山7。上田晃久校長。