東日本大震災から12年、あの日を忘れない-。第95回選抜高校野球大会(18日開幕、甲子園)に出場する仙台育英(宮城)が11日、津波で甚大な被害を受けた宮城・名取市の閖上(ゆりあげ)地区を訪問。犠牲者に黙とうをささげた。当時5歳で被災した山田脩也主将(3年)は「夢と希望を与えたい」と力強く宣言。春の聖地で全力プレーを誓った。ナインはこの日、空路で大阪入りした。

    ◇    ◇    ◇  

地震が発生した午後2時46分。閖上地区を訪問した仙台育英ナインは一列に並び、1分間の黙とうをささげた。山田主将は「自分たちは宮城、東北(地区)に夢や希望を与えるプレーをしていかないといけないと強く感じた」。昨夏は東北勢初優勝を成し遂げ、史上5校目の「夏春連覇」にも期待が膨らむ。だが、勝ち負け以上にこだわるものがある。「元気良く、はつらつとしたプレーを見せたい」。被災地の思いも胸に、戦う姿勢を貫く。

当時はまだ5歳。仙台市内の自宅で被災したという。激しい揺れに襲われた記憶は、今でもわずかに残る。「立つことが精いっぱいの状況だった」。津波の被害はなかったが、自宅の家具は散乱。電気、水道、ガスが止まり、知人宅に避難した。

「3・11」を特別な日と捉える。須江航監督(39)は「悲しくて、苦しいこと(東日本大震災)を伝えることは、日本一になることよりも大切なことで価値があることです。伝えていく義務があります」と言う。チームには地元出身の選手が多い一方で、県外出身者もいる。後者にとって“第2の故郷”で震災を学び、知る意味は大きい。午前は津波による甚大な被害を受けた荒浜小で、ナインは語り部の言葉に熱心に耳を傾け、命の重さを実感した。

春本番まであと7日。この日、選手は空路で大阪入り。慶応(神奈川)との初戦(21日)に向け、最終調整を進める。山田主将は「守り勝つ野球に、フォーカスを当てながら仕上げていきたい」と力を込めた。満を持して、春の聖地へ乗り込む。【佐藤究】