慶応(神奈川)が、1916年(大5)以来107年ぶりの優勝に王手をかけた。

関東勢対決となった準決勝は土浦日大(茨城)を2-0で下した。1点リードの6回、主将の大村昊澄内野手(3年)が右前適時打を放ち、貴重な追加点を奪った。先発のエース小宅雅己投手(2年)は7安打完封勝利。23日の決勝は、センバツで延長タイブレークの末サヨナラ負けを喫した仙台育英(宮城)と戦う。

   ◇   ◇   ◇

107人の部員を束ねる主将の粘りが、貴重な追加点につながった。1-0で迎えた6回1死三塁。好機で打席に立った大村は、カウント1-1からスクイズを狙ったが、低く沈む投球はファウルにするのがやっとだった。5回にもチームメートがスクイズを失敗しており、流れは相手に傾きかけたが、「難しいボールだったので切り替えた」と冷静だった。

顔を上げると、ベンチとアルプスからは地鳴りのような大声援が届いた。「球場全体が自分のことを応援してくれているんじゃないか」。そう思うと、自然と笑顔になった。「粘るのは自信があった」。厳しいコースを3球連続ファウルでしのぎ、8球目、高めに浮いたチェンジアップを右前へ。力強くガッツポーズし、一塁上でほえた。「プレーは運とかもあるので、自分にしか出来ない仕事をとことんやってやろうという気持ちで、たまたまいいヒットになった」と喜んだ。

運を引き寄せたのは地道な努力があったから。民間の学生寮で過ごす大村は、遠征で帰りが遅くなっても、日課の素振りは欠かさなかった。仲間が寝静まった深夜2時、駐車場にはバットを手にする大村の姿があった。チームメートからは「野球選手としても人としても尊敬できる」と人望は厚い。

「慶応のプリンス」丸田、偉大な父を持つ清原勝児内野手(2年)ら、今大会にさわやかな新風を起こしている慶応ボーイズのまとめ役。関西に長期滞在となり、ベンチ入りメンバーと応援部員とが過ごす時間は短くなったが、3回戦の広陵(広島)戦前、大村は3年生のグループLINEにメッセージを送った。

「俺たちの代を負けさせるつもりはないから、最後までみんなでがんばろう」 今夏は1度もメンバーに入れず、スタンドから声援を送る3年生の応援部員は、「日本一の主将にしてあげたい」。誰もが、そう思っている。

決勝はセンバツでサヨナラ負けした仙台育英との因縁対決。大村は「野球の神様が最高の舞台を与えてくれた。ここまで来たら慶応の年にしたい」。107年間閉ざされてきた重たい扉を、こじ開けるときがきた。【星夏穂】

◆大村昊澄(おおむら・そらと)2005年(平17)7月28日生まれ、愛知県出身。亀の子少年野球クラブで小2から野球を始め、守備位置は捕手。中学は愛知港ボーイズで内野手。慶応では2年秋から背番号4を背負う。好きな言葉は「一生懸命」。特技は逆立ち歩きで、趣味は音楽鑑賞でSEKAI NO OWARIが好き。遠投95メートル、50メートル走6秒5。163センチ、67キロ。右投げ左打ち。

◆慶応の仙台育英戦 今年のセンバツで、ともに初戦となる2回戦で対戦。9回表に代打安達が仙台育英3番手の湯田から左前にタイムリーを放ち、1-1の同点に追いついた。タイブレークでは10回裏2死満塁から山田に左前打を打たれ、サヨナラで敗れた。

◆慶応の決勝進出 1916、20年に次いで103年ぶり3度目。過去2度は16年が豊中球場、20年が鳴尾球場で行われており、甲子園球場になった24年以降では初めての進出。

◆107年ぶりVへ 決勝に勝てば107年ぶり優勝。過去最長だった2016年作新学院の54年ぶりを大幅に上回り、ブランクVの新記録となる。