<高校野球岩手大会:盛岡中央5-4専大北上>◇16日◇2回戦

 亡き父に捧ぐ-。専大北上の主将で4番、中村晃広左翼手(3年)が、盛岡中央戦の2回に一時同点となるソロ本塁打を放った。中村は大槌町出身で、3月に津波で秀知さん(享年59)を失った。試合はサヨナラで無念の敗退となったが、高校最後の試合で、天国の父に届けとばかりに大アーチを放ってみせた。

 誰よりも毅然(きぜん)としていた。9回裏1死二、三塁、打球が右前にポトリと落ちた瞬間に、中村の高校野球は終わりを告げた。グラウンドに崩れる仲間とは対照的に、表情も変えず整列した。スタンドへのあいさつも、一番に向かった。試合後はベンチで腕組みしながら、30分以上たたずんだ。「実感が湧かない」。だが、最後まで涙を流すことはなかった。

 大槌町を離れ、鳥取の娘夫婦の家に住む母わささん(58)は1回戦に続き、この日も観戦。その母も「人前で泣いたところをみたことがない」という。父の火葬があった5月も、葬儀のあった6月も、ただ黙って見つめていた。わささんが何を言っても「大丈夫だ」とばかり答えた。そんな姿は、チームでも変わらない。黙々と背中で引っ張ってきた。白浜暁監督(28)も「絶対的な存在だった。つらい思いも乗り越えやってくれて…」とキャプテンシーに大きな信頼を寄せていた。

 「父のために、主将としてチームにつくすプレーはできたと思う」。その姿はこの日、1点を追う2回に表れた。2球ボールの後、フルスイング。右翼への高校通算14本目の本塁打で、チームを勢いづかせた。天に届くか、とばかりの美しい放物線だった。わささんは「お父さんがくれた力でした。天国にも届いたと思う」と声を震わせた。

 卒業後は大学でのプレー継続を目指すという。父へ向け、しばしの沈黙を挟みながら語った。「貴重な3年間を経験させていただいてありがとう、と伝えたい。1つの節目として高校野球が終わった。これからの人生に生かして、強く進んで生きていきたい」。この衝撃の1年は一生忘れまい。そう物語るように、中村の口元は真一文字だった。【清水智彦】