人生の中で涙を流すほどの喪失感を味わうことは、家族の死以外にそう多くはないと思うが、イチローが最後の試合の後にグラウンドを1周する姿を見たときは、涙が込み上げた。長年メジャーリーグを取材してきた者にとって、その喪失感は計り知れない。

それはもちろんファンにとっても同じだろうし、それぞれが自分なりの強い思いとともにイチロー引退という事実を受け止めていることと思う。たぶん多くの人がそれぞれ自分なりの「イチロー論」を持っているだろうし、筆者自身もそうだ。というわけで今回は、筆者独自のイチロー論をコラムにしたい。

それはイチローがマーリンズに移籍したときのことだ。マーリンズはイチロー入団により膨大な経済効果を得るというような記事を書いたことがあり、おしかりを受けた。そんな下世話なことはどうでもいいといったような理由でだ。

しかし筆者は、それは違うと思っている。膨大な経済効果をもたらすほどの「スターパワー(スターがゆえの周囲への影響力)」を持った選手など、MLBを見渡してもそうはいない。それは特別な格のある選手だけが持つ勲章の1つのようなものだと思う。

ニューヨークを拠点に取材活動をしていた筆者がイチローをほぼフルに取材したのはヤンキース時代のことだが、ヤンキースというのはイチローのスターパワーの恩恵を最も受けた所属球団だと思う。というのも同球団はVIPの顧客サービスに非常に力を入れており、VIPを練習中のグラウンド内や、時には選手のクラブハウスに招待し、スター選手と対面させるなどのサービスをかなりの頻度で行っている。

そういうときに顧客担当重役らが常に頼ってきたのがイチローで、イチローの方もそれによく応えていた。それはイチローがファンを大切にする思いから行っていたことかもしれないが、自身のスターパワーを自覚している故でもあったと思う。ヤンキースにはデレク・ジーターという生え抜きスーパースターがいたが、ジーターはマイペースな性格であったためか、そこまで協力的には見えなかった。それだけになおさらイチローの存在は貴重であり、そんな姿を見てきただけに、最後のグラウンド1周が胸に響いた。

私事の余談だが、イチローのフィナーレは本来なら取材するはずだったが、残念ながらテレビを通して見ていた。マリナーズが巨人と最初のプレシーズンゲームを行った日の朝、東京ドームで仕事をしていると母危篤の知らせを受け、すぐにその場を後にした。何よりも仕事を優先し母に寂しい思いをさせて生きてきた娘が、そんな形で母に呼ばれたのも、運命の巡り合わせと受け止めている。母のからみもあり、生涯忘れられない5日間4試合になった。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)