91年9月3日。宝塚ホテルの大広間に達川の大きな声が響いていた。阪神戦に向かう直前だった。「今年を逃したら優勝出来ん。絶対優勝しようや! 先輩、後輩関係なく、いいプレーはほめ、悪いプレーは注意しよう! 盛り上げていこうや!」。長内は拳を握って聞き入った。「1つ1つ、みんなで勝っていきたい」。そう思った。
大野と達川が音頭をとり、選手だけで集まったミーティングだった。「現役生活でもあの時だけだった」。それ以降、チームはまとまっていく。終盤の守備固めや代打での登場が主だった長内は、雰囲気の変化を感じていた。「みんながいつでも出られるような準備が出来ていた」。延長15回制、時間無制限の時代。代わる代わる汗をかき延長戦8勝4敗の成績を残した。
10月13日阪神戦。長内は優勝の瞬間に一塁を守っていた。「足が震えた。飛んで来いと思っていたけどね」。三振に終わると、マウンドへ走った。「守備固めが主だったけど、試合に出る、出ない、成績がいい、悪いではない。優勝の場に一緒にいられたことがうれしかった」。その瞬間が脳裏に焼き付いている。
現在は市内の焼き鳥店「カープ鳥おさない」の店長も務めながら後輩の活躍を見守る。「マジックが減っていく喜び、独特の雰囲気、達成感を存分に味わってほしい。他の何でも味わえないから」。優勝すれば額に入れているユニホームに袖を通して接客。翌日は飲み食いも無料という。その瞬間を楽しみに待っている。(敬称略)【池本泰尚】
◆長内孝(おさない・たかし)1957年(昭32)8月30日、青森生まれ。桐蔭学園から75年ドラフト3位で広島に入団。日本シリーズ敗退後の91年にトレードで大洋に移籍し93年に引退。94年から広島の打撃コーチに就任し、05年に退団した。14年にはオリックスの打撃コーチを務めた。91年は99試合に出場し、打率2割3分3厘、5本塁打。



