21年ぶりのキャンプ風景から、何が見えてくるのか? 入社30年目、プロレス、プロ野球、大相撲、サッカーを取材してきた井上真記者(54)が、98年のヤクルト・ユマ以来となるプロ野球キャンプ取材を「キャンプ放浪記」としてお伝えします。一番長く担当したヤクルトの浦添キャンプからスタートするあたりに、54歳放浪記者の腰が引けた感が漂います。

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薄曇りだった浦添の空に薄日が差して、シートノックが始まった。1990年から10年間、プロ野球を担当。98年のヤクルト・ユマ以来のキャンプ取材だ。目の前でヤクルトの野手が声を張り上げてボールを追う。でも、知ってる選手はもういない、心もとない。

首から記者証を垂らし、パソコンの入ったバッグを左肩に下げた。取材に来ました、って感じだが、心の中はリアルにさまよっていた。「放浪記って何?」。ここ1週間くらい、放浪の意味をネットで調べ、類義語を探したが、結局、丸腰で沖縄に入ってしまった。

ポケットは空っぽで取材に行くのが放浪記者の基本なので、あとは流れに身を任せて。こっちの顔を見て、少し迷ってから思い出した関係者とだけ会話を重ねた。幸運にも、宮本ヘッドコーチは覚えていた。

すぐさま20年ぶりのプロ野球取材。すると、興味深い話をしてくれた。

宮本コーチ 投手力、打撃はここ数年でレベルが上がりましたね。以前は150キロ投げる投手なんて球界に数人でしたけど、今はどの球団にもいますしね。でも、地味な守備や、質は落ちてますね。

「質」という言葉に反応して続けて聞く。前日の紅白戦は選手がサインを出す形式だった。

同点の試合終盤、制球を乱した投手から四球を選び無死一塁。ここでカウント1ボールから、サインを出した選手はヒットエンドランを選択。2球目のボール球を無理やり打った、という流れだった。

宮本コーチ 相手投手がどう感じるか、どう思っているか。大事なのはそこを推し量る力です。投手はストライクが取れずに困っている。たとえバントでも、アウトが取れてラッキーと思う場面で、無理やりのヒットエンドランを選択する。要するに、同点の終盤→無死から走者が出た→カウントも有利→(チャンスを広げるために)ヒットエンドラン、こういう思考なんです。

確かに、抜け目のないヤクルトならば、制球に苦しむ投手を助ける作戦はない。相手の心理を読め。それは以前、取材した野村克也監督がいつも言っていたことだった。

そういえば、サッカーの中村俊輔は、最高のパスとは「相手DFが取れそうだと1歩踏み出すんだけど、やっぱりわずかに間に合わないとあきらめる。取れそうで、間に合わない、それが相手の守備陣形を崩す」と言ったことがあった。守る側の心理はインターセプトを狙っているから、あえてギリギリのボールを送ることで、意図的に陣形にほころびを生み出す。

どのスポーツでもそうだが、相手を知らないと有利に戦えない。特に集団スポーツでは封じ方、得点の奪い方に共通認識があるチームの方に勝機が出てくる。

なんてことを考えていたら、ドアから守備走塁担当の土橋コーチが出てきたので声をかけた。すると「まだ現場にいるの? 何してんの?」。54歳にはグサりとくる言葉。悔しいからそこは完璧にスルーした。

「ふわっとした質問で悪いけど、今もID(Important Data)野球は息づいているの?」

土橋コーチ そりゃ、そうですよ。あれはプロ野球では広まった考えですから。ただ、知らずにプロになった子には教えてます。知らなければどうしようもないです。あれは考え方だから。どう考えたらいいかを、教えてあげないと。みんな「考える野球」を目指していると思いますよ。いろんなものを選手にもたらしてくれたから。

もうID野球は死語だ。それは廃れたからではなく、球界の常識になったからだろう。ベースとなる考え方に加えて、感じる力、相手の心を読む力があってこそ、何倍もの威力を発揮する。だからこそ、肝心の選手に、状況判断能力や、心理を探る力が足りないという宮本コーチの言葉が妙に心に残った。

当初の心もとなさはどこかへ吹き飛び、久しぶりのくせして、すっかり野球記者風情だ。心のさまよいは不安だが、キャンプをブラブラは、無責任で楽しい。放浪記者って悪くない。