これ以上ない喜びと、少しばかりの寂しさ…。そんな思いが同居していたかもしれない。ソフトバンク王球団会長は優しい眼差しで日本一を見届けた。

孫オーナーと何度も握手を交わし、柔和な表情で歓喜のナインを見つめ続けた。古巣であり「宿敵」とした巨人をシリーズで倒し日本一に上り詰めた。誰よりも「巨人愛」に満ちていただけに万感の思いがあった。

もう四半世紀も前になる。94年1月。「世界の王」にダイエーから声がかかった。当時監督であり、球団専務でもあった根本陸夫氏は言った。「長男は家を継げるが、次男は家を継げない。巨人の長男は長嶋。ワンちゃんは次男なんだ」。遠い九州の地での監督就任を頼まれた。それから毎月定例のように球団幹部と会食した。だが、受諾の返事は保留した。気持ちに変化があったのは6月になってから。約5カ月間、悩んだ。梅雨の雨が降るころ「次は2人だけではなくてもいいですよ」と、球団幹部に伝えた。巨人監督を辞めて6年の歳月が流れた。現場への思いが募っていたのは確かだった。東京から最も遠い球団。ホークスのユニホームに袖を通す決意を固めた。初めて中内■(いさお)オーナーらと東京・銀座の料亭で膝を交えた。文字通り「ホークス王監督」が決まった瞬間だった。

「東の長嶋」に「西の王」。日本シリーズでの「ON対決」を夢見た。そして就任から6年目の秋、夢がかなった。列島は沸いた。誰よりも王さんが興奮した。必勝のタクトは2勝4敗。涙をのんだ。満面の笑みで宙に舞うミスターの姿を直立不動で見守った。グラウンドでは毅然(きぜん)とした姿を保ったが、戻った宿舎では涙があふれ出た。

時は流れた。あれから19年。球団会長としてチームを育てた。誰よりも熱望した巨人とのシリーズ対決。「やっぱり、巨人を倒して日本一にならないと。みんなそれを目指しているんだから」。圧倒的な強さを見せつけ「古巣」を倒した。

※■は工へんに右のつくりが刀