阪神ナインの原点、足跡をたどる企画「猛虎のルーツ」の第3回は、今季プロ3年目で待望の初勝利を挙げた浜地真澄投手(21)です。福岡大大濠高時代は、ひとりで過ごすことが多く、物静かだった右腕。恩師の八木啓伸監督(42)が、当時の浜地の口癖をもとに「大濠のエース」の責任が芽生えた経緯を明かした。【取材・構成=只松憲】

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浜地が福岡大大濠高時代、常に言い続けた言葉がある。「大丈夫です」。当時から口数の多くなかった男は、そのフレーズにすべての思いを乗せていた。八木監督は「いろんな意味が含まれた『大丈夫です』だった」と振り返る。調子はどうか、この試合はまだ投げられるのか、肩肘は平気か。幾多の問いかけに決まって「大丈夫です」と返ってきた。「彼の『大丈夫』がなんなのかを僕は結構考えていた」。

浜地は2年秋の福岡県大会準決勝、九州産戦で挫折を味わう。勝てば、センバツ出場を占う秋の九州大会につながる試合。同学年で現ヤクルトの梅野雄吾にノーヒットノーランを食らった。「梅野に投げ負けたことよりも、試合に勝ちきれなかったことが彼は悔しかったのだと思う。『もうワンランク上でやらなければならない』とスイッチが入ったのがあの試合だった」。八木監督は、浜地にエースとしての責任感が芽生えた瞬間を覚えている。練習に取り組むひたむきさも次第に濃くなった。

浜地はある「時間」を作った。ひとりぼっち。仲間とわいわいする部員とは異なる姿を八木監督は目撃した。「彼はよくひとりの時間をつくっていた。その時間でいろんなことを整理していたんじゃないか。ひとりでぼうっとする時間が彼には必要だったと思う」。「大濠で甲子園に行きたい」と入学した浜地は2年秋の敗退で、チャンスは3年夏だけになった。より考えた。チームが勝つためにどうすべきか、エースとは-。邪念や不安と向き合う浜地流の「瞑想(めいそう)」を重ねるうち、目指すエース像の輪郭がはっきりしていった。だからこその「大丈夫です」だった。

冬場の走り込みを経て迎えた3年春は九州大会で優勝した。その大会期間中も食事を終えると、宿舎の部屋の窓からひとり夜空を眺めて「瞑想」し、優勝までの投球につなげた。浜地が卒業した直後、17年センバツに福岡大大濠は出場。チームで鳴尾浜の温泉施設に行った時、当時プロ1年目の浜地と偶然遭遇した。その時もまたひとり。八木監督は「やっぱりひとりの時間が好きなんだな」と変わらぬ姿を懐かしんだ。

「ひとりでいることは多かった。自分で好きなようにできるし、やりたいことをやれる。その時は何かを考えていたのかもしれませんね」。現在、高校3年の夏も縁のなかった甲子園を本拠地にする。「練習を見られるのはあんまり好きじゃないですね」と、変わらずひとりぼっちを好む。そんな浜地がプロ3年目の今季、初勝利を含む2勝を挙げた。八木監督は「大きな1歩。この1歩を次にどう生かしていくか。10歩中の1歩になるように。プロで200勝する投手でも、必ず1勝目がある」とエールを送った。そして、球界を代表する投手になるために「ひとつひとつ積み重ねてほしい」と言い添えた。

戦力として戦えることを証明し、来季はより高いものを求められる。それ故に困難は必ずやってくる。それでも「大丈夫です」と心でつぶやき、浜地は腕を振り続ける。

○…浜地がプロへの道を決意した背景には両親がいた。当時「九州四天王」の一角としてプロに注目されたが、最後の夏は県大会初戦で敗退。八木監督から大学進学を勧められたが「両親が背中を押してくれた。今(プロ入りが)ダメなら大学に行ったとしても同じ」と言われた。悩み抜いた末に「行けるときに行こう」と決断。「夏はすぐ負けて自信をなくしていた部分もあって、本当の気持ちを隠していた。今は(両親に)感謝しています」。くすぶっていた本心を両親が思い出させてくれた。

◆今季の浜地 プロ3年目で初めて1軍キャンプでスタートし、開幕1軍入り。プロ初登板初先発だった4月4日巨人戦(東京ドーム)は4回6失点で敗戦投手になって2軍落ちした。5月6日に1軍に昇格すると救援で9試合連続無失点など奮闘。7月30日中日戦(甲子園)では9回に6番手で登板してプロ初勝利。右腕ながら左打者の被打率2割4分に対して、右打者には3割4分3厘、被本塁打も右打者のみで4本と課題も残した。

◆浜地真澄(はまち・ますみ)1998年(平10)5月25日生まれ、福岡県出身。元岡小1年の時、福岡大大濠野球部OBでもある父浩充さんが当時監督だった元岡少年スピリッツで野球を始める。元岡中では軟式野球部に所属し、3年時に県ベスト4。福岡大大濠では16年春に九州大会優勝も、夏は福岡大会初戦で敗退した。今季は7月30日中日戦(甲子園)でプロ初勝利を挙げ、21試合で2勝1敗、防御率6・11。実家は1870年(明3)創業の「浜地酒造」。185センチ、90キロ。右投げ右打ち。