優勝マジック1の巨人が、2年連続38度目のリーグ制覇をかけ本拠地のヤクルト戦に臨む。昨年、菅野智之投手(31)が寄せてくれた優勝手記を復刻します。盛り上がって午後6時のプレーボールを!

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前回のリーグ優勝から5年がたった。当時は24歳。あれから自分は変わったのか。それとも、変わっていないのか。偶然にも再び、日刊スポーツで手記をしるすこの機会に、考えてみようと思った。

変わらずに続けていることがある。5年前にじいちゃんを亡くしてから、ウイニングボールに日付と何勝目かを書いて、仏壇にお供えしている。全部はのらないから、新しいボールを置いたら前のボールは別の場所に保管する。あの時、悲しかった以上に、恩返しを何もできなかった悔しさの方が強かった。今ある時間を大切にしなくちゃいけないし、じいちゃんにはもっとたくさんのボールを贈りたい。

5年前の手記を読み返すと「5年後も内海さんや杉内さんに頼っているようではダメだ」と書いてあった。この気持ちも、何も変わっていない。今の若い子たちにも、僕が思っていたような気持ちを持ってもらいたい。それには結果が必要になるけど、思いがなければかなわない。

年齢と経験を重ねて、変わったこともある。1つは原監督への思いだ。

幼い頃から「原の…」と言われることが嫌だった。「いつか超えられるように」と思ってきた。でも、今は「何をもって超えたといえるの? 超えたから、それが何なの?」と素直に思う。仮に超えたとして、何か見えるモノがあるかもしれない。けど、見えたとしても、自分の世界観は変わらないと思う。

でも…将来、子どもができても同じ道は勧めないかな。きっと、「菅野の…」と言われる。すごくつらくて、苦しい道のりになるのは一番よく知っている。

昔なら周囲に分かって欲しいと思った。今は、自分が分かっていればいいと思う。高い給料をいただいている。批判や意見があるのは当たり前。自分の中で処理していこうと考えている。行き着くまでに時間がかかったし、悔しくてつらくて、いっぱい涙を流した。ポロッとはしなくとも、心では泣いている。みんなそうだと思う。

シーズンを振り返ると、今年の僕は何もしていない。年間を通して戦えなかったし、個人的に達成感があるものが何もない。監督の言葉を借りれば「職場放棄」。正直、悔しい。もちろん、みんなの顔を見ると優勝して良かったと思うし、うれしい。でも「120%泣かないな」と思っていた通り、やっぱり涙は出なかった。

忘れられないのが6月23日のソフトバンク戦、勝てば交流戦優勝という試合で1回4失点で降板した。

翌日の新聞をパネルに入れて、自宅のリビングに飾っている。大阿闍梨(あじゃり)の塩沼亮潤住職とお会いする機会があって「1000日の修行で一番苦しかった日の日記を、部屋のよく見える所に飾ってある」と聞いた。人間には誰しも、おごりや慢心がある。戒め、初心に帰るためにそうしていると。ハッとして、すぐに実践した。

2年連続で沢村賞をいただいて、今年は腰痛で離脱した。腰なんて、痛めたことがなかった。僕の中で、どこかにおごりがあったのかもしれない。一番の苦しみは試合で投げられないこと。試合で投げることを100としたら、それ以外は0。中間がないから、やるしかない。「無理するな」と言われても、自分で無理してる感覚はなかったけど、チームに迷惑をかけてしまった。油断すればすぐに落ちる。そういう職業。来年、また次の年、毎年が勝負になる。

昨オフの契約更改で、メジャーへの夢を口にした。でも、今年ケガをして、先のことを考えるのはやめた。だから今「将来の夢は?」と聞かれたら「目の前の1勝、1試合に勝つこと」と答える。結局、その積み重ねが先につながる。

今を見られない人間は、先なんて見られない。今はリハビリ中で先のことは分からないけど、CSでの復帰を目指して調整は進める。どんな形でもチームの日本一に貢献したいと強く思っている。(巨人投手)