巨人菅野とソフトバンク千賀。初マッチアップを意外に感じた。同時に、菅野-千賀で挑んだビッグゲームを思い出してもいた。

2017年、日本時間3月22日。2人はWBC準決勝の米国戦に登板した。先発菅野は6回を投げ被安打3。2番手の千賀は2回5奪三振。ともに1失点して試合に敗れた。

ドジャースタジアムは、春の雨が降りしきっていた。統計上、降水確率が10%ほどしかない3月下旬のロサンゼルス。その1割に当たった。不慣れなボールにマウンド。悪条件がそろった。当時の2人はすでに、条件を言い訳にしない心技体を備えていた。ただ、勝負に負けた。自責0の菅野は失点の道筋を精査した。

4回2死二塁。5番ホスマー(ロイヤルズ)を2球で追い込んだのに、4球ボールを続けて歩かせた。続くマカチェン(パイレーツ)。2球目のアウトローいっぱい、ベストのスライダーに長い長いリーチを合わされ、左前へ運ばれた。「ボールからボールの4球。勝負を焦ったというか制御できなかった、あの4球。せっかくツーアウトまできたのに、切るべきところで切らなかったから、ああいう…無駄な走者を出しては絶対に勝てない」。

千賀は、同点の7回を3者三振で滑り出した。8回1死一塁。キンズラー(タイガース)を2球で追い込んだのに、3球目のフォークボールが落ちきらなかった。クイックで投じた初めての勝負球が、半速球になった。「1発目でしっかり決める準備っていうのを、しっかりしておかなくちゃいけない。ミスをしちゃいけないところでのミス」と悔いた。

投手有利からの暗転。2人は学んだ。わずかなスキは風穴となって広がり、勝敗に直結する。菅野は「野球人生で最高の経験になった」と言い、千賀は「もう少し成長できるかなと思います」と言った。

あれから3年。同じ歳月を経た2人が向き合った。菅野は2回、栗原に先制2ランを浴び、対峙(たいじ)の構図は早々に崩れた。若干高い序盤のスライダーだった。一方の千賀は局面になると集中を高め、クイックでもフォークを制御して沈めた。大一番の好投に意味はない。一日の長は千賀にあった。(所属は当時)【宮下敬至】