4球団競合の末に、ドラフト1位で近大・佐藤輝明内野手(21)が阪神に入団した。日刊スポーツでは誕生から、プロ入りまでの歩みを「佐藤輝ける成長の軌跡」と題し、10回連載でお届けします。【取材・構成=奥田隼人】

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佐藤輝は、仁川学院入学後に悩んでいた。人生を左右する2択だ。「サッカー部」か「野球部」か。のちに大学NO・1スラッガーになる選手とは思えない悩みだが、当時は野球に対する熱は冷めていた。入学式は髪を伸ばした「ロン毛」の姿で出席している。そんな時、同級生の存在が輝明を野球に引き戻した。

それは小学時代から輝明のファンで西宮市内のうどん店「はづき」を営む高取君己(なおき、49)の息子真祥(まさき)だった。佐藤家の近所に住む高取親子の間では、輝明は小学生の頃から有名人だった。真祥は、中学では同じ硬式野球チームでプレーしたいと望んでいたが、それぞれ別の道に進んで一緒になることはなかった。当初は同じ仁川学院に進んでいることも知らなかったが、入学式で輝明を見つけると、すぐに声をかけた。

あいさつもほどほどに核心を聞いた。「野球するの?」。返事は「いやぁ…」と、消極的だった。真祥は家に帰ると、父君己に入学式までのやりとりを話した。「何か野球じゃなくて、サッカーとかそんなふざけたことを言ってる」と相談。君己は「それは誘わなあかんやろ」と、野球部に誘うように息子の背中を押した。

新入生には入学式から約2週間、気になる部活動を体験する期間が設けられていた。真祥は当たり前のように野球部の練習に参加していたが、輝明は一切グラウンドに姿を見せなかった。何度も「一緒に練習に行こう!」と誘ったが、来ることはなかった。当の本人はサッカー部に気持ちが揺らいでいた。野球だけでなく、サッカーの才能も抜群だった。中学時代に休み時間などで友達とボールを蹴ると、持ち前の脚力で得点を量産。高校のサッカー部員からは「普通にレギュラーを取れる」と、一目を置かれるほどだった。

輝明が野球部の体験練習に来ないまま、2週間が過ぎようとしていた。そして、正式に部活動を決める日。最後の最後に、輝明はようやく姿を見せた。真祥の熱心な誘いが、揺らいでいた気持ちを決心させた。後に、体験期間の練習に参加しなかったことを聞くと「最初は走る練習が多いから、行きたくなかった」と、マイペースな輝明らしい理由を明かしたという。

サッカー選手への道は幻となり、野球に進路を戻した輝明。野球センスは相変わらず光っていたが、今とは違って体の線は細かった。そして高校2年生の時に、プロ入りをグッと引き寄せる人生の転機を迎える。(敬称略、つづく)