日本ハムの背番号「20」は、90年からの3年間、「ガンちゃん」の愛称でファンから親しまれた岩本勉がつけていた。のちに「38」を背負い、04年の北海道に本拠地移転当時は「18」を着用していたのが印象的だが、高卒入団時、プロで最初の番号が実は「20」だった。

ほぼ投手が着用した番号だが、球団名が日本ハムになった74年以降、ただ1人野手として背負ったのがデューシー外野手(95、96年)だ。主に1番打者で2シーズン通算51本塁打を放ったが、95年に日本タイ記録(当時)のシーズン3度の退場処分を受けた。史上初となる2試合連続、初回先頭打者での退場劇は有名だ。

ドラフト1位での入団者も多く、山原和敏(93、94年)矢野諭(97~06年、現打撃投手)のほか、16年から着用している上原健太もいる。本拠地移転後につけていた糸数敬作(07~13年)、球宴出場を果たしたクロッタ(14、15年)も記憶に新しい選手だ。