野球少年がでっかくなって、再び最高峰の舞台で相まみえた。 楽天田中将大投手(32)が巨人とのオープン戦に先発。小学生時代に兵庫・伊丹の「昆陽里(こやのさと)タイガース」でチームメートだった坂本勇人内野手(32)と対戦した。第1打席は四球、第2打席は中飛。力のこもった攻防になった。田中将は7回を投げ1失点と完璧な内容で、予定通り本拠地で行われる27日の日本ハム戦に向かう。腰の状態が心配された坂本も、元気に15年目のシーズンを迎える。

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「田中」と「勇人」。8年ぶりに日本で対戦した2人は小学生時代「昆陽里タイガース」に所属し、こう呼ばれていた。

偶然にも同じユニホームへ袖を通した。無邪気に白球とたわむれていた日々を経て、日本を代表する投打のスターになった。当時「昆陽里-」の監督を務めていた山崎三孝理事長(75)は幼少期の2人を「特別な存在でしたわ」と振り返る。同学年は15人ほど。2人の個性は突出していた。

田中将は何事にも地道に取り組む姿が目立った。勉強の成績は優秀、字もきれいで丁寧。朝9時の練習開始15分前にはグラウンドに姿を見せ、にぎわうチームメートをよそに黙々とウオーミングアップに励んだ。

居残り練習にも、決して弱音は吐かなかった。小学6年のある日。試合でミスをしたバント処理の反復練習のため、捕手の防具をつけてグラウンドの隅に立った。本塁前に転がった球を、マウンド近くにある16メートルほど先のネットの中心にあるロープに3球当てるまで投げ続ける練習。2球目まではうまくいくが、3球目がなかなか当たらない。むきになり、諦めない。周囲は関係ない。目的を達成するまで、何度も腕を振って乗り越えた。

坂本は仲間を巻き込み、楽しみながら努力を重ねた。練習休日でもバットを持ってチームメート6、7人をグラウンドに引き連れ、素振りに励んだ。スイング時間は30分ほど。残り時間は無邪気に遊ぶ姿も子どもらしかった。

投手として田中将とバッテリーを組む6年生の初めまでは、遊撃が定位置。軽快な足、グラブさばきにセンスがあふれた。教えられなくとも、三遊間深くの打球を捕球するとノーステップで一塁手の4、5メートル先にたたきつけ、確実にアウトを奪った。自ら考え、実行する能力にたけていた。

対照的な2人。山崎理事長は懐かしそうに、鮮明に思い出す。「田中くんは内に秘めて気持ちで向かっていく。どんくさいところはあったけど、35年間監督をやって、5本の指に入る努力家やったね」。愚直に自分と向き合い、コツコツ伸びた。坂本は「何でも1番にならないと気が治まらないタイプ。上に競争相手がおった方が伸びる。トップに立ったら抜かれんようにする」。時には打撃練習で、自分よりも遠くへ飛ばす田中将を意識し、成長への原動力としていた。

小学校卒業後から6年。田中将は北海道、坂本は青森の地から06年高校生ドラフト1巡目でプロの扉を開いた。海の向こうで猛者としのぎを削り、8年ぶりに古巣へ戻った田中将は「世界のマー君」に。右打者では最年少で2000安打を達成し、名門の先頭を走り続ける坂本は「巨人のキャプテン」になった。

今年でプロ15年目。チームの柱として後輩を引き上げる役割も求められる。ルーツにある素晴らしき縁、漫画のようなサクセスストーリーに人々はひかれる。プロでの対戦成績は通算18打数5安打、打率2割7分8厘、0本塁打。2021年3月20日、東京ドーム。伊丹から始まった2人のストーリーが、再びクロスし始めた。【桑原幹久、久永壮真】