岡田タイガースが散った。最後の意地を見せようと臨んだ第4戦。ようやく粘りを発揮し、6回に今岡のバットから今シリーズ4試合目にしてチーム初タイムリーが飛び出すなど1点差に迫った。だがあと1点が遠く、重くのしかかり、本拠地甲子園で力尽きた。屈辱の4連敗。ダイエー(現ソフトバンク)に3勝4敗と苦杯をなめた03年シリーズの「忘れ物」を取りに臨んだが、投打に本来の力を発揮できず、また「大きな忘れ物」を残して、敗れ去った。

屈辱の優勝セレモニーを見届けると、岡田監督は選手に声を掛けた。「スタンド、行くぞ!」。屈辱的なV逸での場内一周。岡田監督は最後まで応援してくれたファンに詫びたかった。自然と沸き起こった岡田コールの大合唱。目頭は熱くなっていた。

岡田監督 1番悔しいのは万全の状態でシリーズに入れんかったことやね。打つ方が心配やったけどその通りになってしまった。4試合とも1回も勝ち越せんかったしね。ロッテは勝ち上がってきた勢いがあった。短期決戦は止めなアカンけど止められんかった。

セ界を制した岡田阪神が4連敗。つい1カ月前、自分が舞った甲子園で敵将の胴上げを許した。誤算は実戦感覚が鈍っていた打撃陣。公式戦終了から中16日、リーグ優勝決定からは中22日。ロッテとは勢いの差が違った。金本はこの日ようやく初安打したが、14打席で唯一のヒット。4試合で4得点、33失点。この日も4併殺にけん制死…。勝てる要素はなかった。

あとのなかった戦い。岡田監督は試合前、打撃練習を見届けると、少し鼻歌交じりに引き揚げてきた。<歌詞>きーたぐーにーのー、たーびのー、そーらー。大好きな小林旭の「熱き心に」のメロディーが、監督室まで続いた。ジタバタしても仕方ない。選手へのメッセージ。この曲が発売されたのは現役時代に日本一に輝いた20年前の85年。それはひそかな、最後の縁起担ぎでもあった。

試合では何とか流れを変えようと、執念の采配をふるった。2失点の杉山をあきらめ能見から福原。さらにウィリアムス−藤川−久保田とシーズン同様に繰り出したリリーフ陣が無失点と踏ん張った。打線も今シリーズ初タイムリーとなる今岡&桧山の連続適時打で1点差まで迫った。だがあと1歩、届かなかった。

「まだまだうまくなる選手はたくさんいる。もっとたくましくすごい選手になって欲しい。そして来年、また挑戦すればいい。日本一という宿題を残したんやから」。その目は早くも来年に向いていた。11月初旬から始まる秋季キャンプでもう1度、鍛え直す。挑戦者に戻り「忘れ物」を取りに行く。【松井清員】

 

▼阪神の得点は<1>戦から1点、0点、1点、2点。シリーズ4得点は51年南海(5試合)60年大毎(4試合)の7得点を下回るシリーズ最少得点となった。<4>戦目でようやく適時安打が2本出たものの、本塁打はなし。シリーズ最少本塁打は1本(過去6チーム)で、本塁打0はシリーズ史上初めてになる。一方、チーム防御率は8・63で、こちらは02年西武の7・41を抜くシリーズワースト記録。投打ともボロボロだった。

◆優勝決定日から日本シリーズまでの間隔と結果 83年以降、リーグ優勝決定日からシリーズ開幕まで20日以上間隔の空いたチームはセ、パともに8、計16チームある。うち9チームがシリーズ優勝を逃がしているが、勝ったのも7チームあり、一概に不利とも言えない。