涙の復活祭だ。阪神先発の才木浩人投手(23)が5回を無失点に抑える快投で3年ぶりの勝利を挙げ、チームの2連勝を導いた。20年11月に右肘のトミー・ジョン手術を受け、育成契約を経て今年5月に支配下選手に復帰。ヒーローインタビューではスタンドで両親が見守る中、苦しいリハビリを乗り越えてつかんだ1勝に感極まった。帰ってきた不屈の右腕が、7月反攻のシンボルになる。

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我慢していたものが、一気にあふれ出た。19年5月1日、甲子園での広島戦以来の白星。才木が泣いた。

「本当に3年間リハビリで手術もあって、とてもしんどかったんですけど…」 そこまで言うと、左手で顔をおおった。約17秒の沈黙。無数のフラッシュも、万雷の拍手も、才木のためにだけある。

「ずっと支えてくれていた人たちのおかげで、またここに戻ってくることができたので、本当に感謝の気持ちしかないです」

5回を5安打、5奪三振で無失点。涙のヒーローインタビューが約3年、日数にして1159日ぶりの勝利の重みを物語っていた。

20年11月、トミー・ジョン手術を終え全身麻酔が解けた瞬間から、生まれ変わった。「もうやるしかない。ここからは、上がっていくだけだって」。ガチガチの右肘は動かない。それでも心は動きだしていた。

右肘に血流がいくように、慎重に可動域を広げる日々。ズキズキする患部とひたすら向き合った。「頑張って動かしても痛みで『うああああ!!』ってなる。これ以上動かしたら、骨ごと腕がバキンって折れるんじゃね? みたいな感覚なんです」。トレーナー、理学療法士。数え切れない人に支えられ、苦しく地道なリハビリを乗り越えてきた。

「これ? 男の勲章ですよ!」

右肘の手術痕を見て、今はそう笑い飛ばせる。健康で、何不自由なく野球ができるありがたみが身に染みる。「傷を見たら、ああ、俺、手術したよなって。歳取って、野球やめたら『やったよな、こんなの』って思い出に残りますよね」。かけがえのない1勝が、全てを濃密なストーリーに変えていく。

帰ってきた1軍マウンドでは、感謝を込めて腕を振った。最速153キロ。76球のうち51球が真っすぐ。中日打線に真っ向勝負を挑み、飛ばしまくった。5回2死満塁、1番岡林に2ボールから選んだのもストレート。「2回くらいからすんごいバテてました」とおどけたが、149キロで三邪飛に仕留めた。

手術明けの負担も考慮し、いったん登録を抹消される。「リハビリで休んでいた分、しっかり巻き返していきたい」。エネルギーを再び蓄え、厳しい夏場の先発陣を支える救世主になる。【中野椋】

▽阪神矢野監督(才木について)「イニング途中にも『どうや?』って言うたら『楽しいです!』って言うてたし、やっぱりこういう気持ちをね、また新たなスタートとしてやっていけばいい。今日は勝ちに浸って、また次に向かってやっていくいいスタートになったと思います」

○…バンテリンドームで復活勝利を見届けた才木の両親も感無量だった。父の昭義さんは「ファームから調子が良かったので、安心して見ていました。スタートラインに戻ってきたと同時に、今からさらにもっと上を目指していってほしいです」と笑顔。母の久子さんは「ホッとしました。(お立ち台での涙は)次男で泣き虫なので。私も、うるっときました。これをきっかけに調子のいい先輩たちに混ざって、一緒になって頑張ってほしいです」と感無量だった。

○…中野が4号ソロで才木を援護した。2点リードの3回1死。柳のスライダーを右翼ポール際へ。5月14日のDeNA戦以来、40試合ぶりの1発でリードを3点に広げた。才木がヒーローインタビューで感謝の気持ちも込め、「中野さんは僕のことが好き」と話していたことを聞くと、「寮でずっと話していた仲なので、何とかアイツのためにもと頑張りました」と笑顔。8回には左前打も放つマルチ安打で、後輩の復活勝利をアシストした。

○…5人の中継ぎ陣がゼロのバトンをつないだ。先発才木を受けて6回以降は岩貞、加治屋、浜地、ケラーと継投。最終回は守護神岩崎が無失点で締め、16セーブ目を挙げた。セットアッパー湯浅は、疲労を考慮して休養を与えたもよう。矢野監督は「ピッチャーも小刻みな感じでつないでくれて才木に勝ちをプレゼントしてくれた。(才木に勝たせたい思いが)チーム全体にあったと思う」とブルペンの奮闘をたたえた。

○…16年ドラフト4位の浜地が同期で同い年の才木の復活勝利を喜んだ。3点リードの7回から4番手で登板し、1回無失点。7ホールドをマークした。「入団時からずっと一歩先を行っていましたし、そのおかけで僕も頑張れた。こういう日に一緒に投げられてうれしい」と笑顔。終盤のベンチでは並んで試合の行方を見守り「(才木は)9回の1アウトぐらいから泣きそうになっていました」と一緒に感動していた。

○…5番手ケラーは“うなぎパワー”で3人斬りだ。3点リードの8回に登板し、先頭岡林を151キロで三ゴロ。続く溝脇も直球で空振り三振に仕留め、最後は大島をカーブを引っかけさせて遊ゴロ。7試合連続無失点と安定感が増している。「調子的にはそんなによくなかった」というが、「昨日の晩、岩貞クンが特上のうなぎをご馳走してくれて。その“うなぎパワー”で僕は助かったと思います」。夏本番もうなぎ登りといきたい。

◆トミー・ジョン手術 損傷した肘の靱帯(じんたい)を切除し、他の部位から正常な腱(けん)を移植する手術。74年に故フランク・ジョーブ博士が、左肘の腱を断裂した通算288勝のトミー・ジョン投手に初めて施術したことから通称でこう呼ばれる。日本では、古くは村田兆治(ロッテ)桑田真澄(巨人)らも受けた。13年にはカブス藤川球児も受け、16年に阪神復帰後も活躍した。かつては最低2年とされていた治療期間も大幅に短縮。「球速が5~6キロ速くなった」と感じる投手も多い。米紙ワシントン・ポスト電子版によると、レンジャーズ在籍中のダルビッシュ有が15年に手術を受けたところ、球速がアップ。直球の平均が術前の14年には148~151・3キロだったのが、16年の復帰直後には155・6キロに向上。平均4・8キロも速くなったと伝えている。エンゼルス大谷翔平も18年10月に同手術を受け、21年に9勝を挙げた。

◆才木浩人(さいき・ひろと)1998年(平10)11月7日生まれ、兵庫県出身。須磨翔風では甲子園出場なし。16年ドラフト3位で阪神入団。1年目は2試合に登板し、2年目の18年は先発ローテに定着。5月27日の巨人戦(甲子園)で初勝利を挙げるなど6勝をマークした。20年11月に右肘の内側側副靱帯(じんたい)再建術(トミー・ジョン手術)を受け、21年から育成契約。今年5月6日に支配下選手に復帰した。今季2軍では主に先発で11試合に登板して4勝2敗、防御率1・46。189センチ、88キロ。右投げ右打ち。